西港に残る燐鉱石の貯蔵と積み出しの施設
旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋は、沖縄県島尻郡北大東村字港の西港に残る、大正8年(1919年)ごろに築かれた燐鉱石の貯蔵施設と積み出し用の桟橋で、平成18年(2006年)10月18日に2件そろって登録有形文化財に登録された。
北大東島は沖縄本島の東およそ360キロの太平洋上にある隆起サンゴ礁の島で、燐鉱石は島の西部で掘られ、化学肥料の原料として島外へ送られた。その最後の2段階、ためておく場所と船へ積む場所が、西港の高台と岸壁にそのまま残っている。
高台に立つのが旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫で、面積2,358平方メートル、延長約40メートルの石造壁体を4本の鉄筋コンクリート造トンネルが貫く。そこから西へ約50メートル、石灰岩の岸壁から海へ突き出しているのが旧東洋製糖燐鉱石積荷桟橋で、延長18メートルの鉄筋コンクリート造である。文化庁の登録番号は貯蔵庫が47-0022、桟橋が47-0023と連番で、所有者はどちらも北大東村。
北大東島の燐鉱業と東洋製糖
無人島だった南北の大東島の開拓は、八丈島出身の実業家玉置半右衛門の玉置商会によって始まった。玉置は明治43年(1910年)に北大東島でも燐鉱の採掘を試みたが、技術が追いつかず手を引いている。大正5年(1916年)に大東島の経営権を玉置商会から引き継いだのが東洋製糖株式会社で、第一次世界大戦で輸入が止まり燐鉱石の値が跳ね上がったことを受け、大正7年(1918年)に採掘計画を立てて設備工事に入った。施設がほぼ整い操業が始まったのは翌大正8年(1919年)とされ、旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋の年代もこの時期にあたる。
昭和2年(1927年)、金融恐慌のあおりで東洋製糖は大日本製糖株式会社に合併され、島の経営もそちらへ移った。積み出し量は大正末期に年1万トン前後だったものが、太平洋戦争で輸入が途絶えると増え、昭和17年(1942年)には7万トン台に達している。戦後は米国軍政府の直轄で採掘が続いたが、鉱石の品質が落ちて評価が下がり、昭和25年(1950年)に閉山した。旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋の名に残る「東洋製糖」は、建設当時の事業者の名である。
閉山後、採掘場の多くは埋め戻されてサトウキビ畑になった。北大東村教育委員会は平成25年度から27年度にかけて燐鉱産業に由来する村内の景観を調べ、その成果をもとに平成29年(2017年)2月9日、採掘から積み出しまでの生産施設一帯が史跡「北大東島燐鉱山遺跡」に指定された。文化庁の解説は、燐鉱石貯蔵庫跡と積荷桟橋跡を登録有形文化財として名指ししたうえで、史跡の構成に含めている。
2件の位置関係と歩く順序
鉱石の流れに沿って見ると、旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋の役割分担が分かりやすい。島の西部の採掘場で掘られた鉱石はトロッコ軌道で西港まで運ばれ、途中の堆積場で天日に干され、西港では火力でも乾かされた。乾いた鉱石を集めてためたのが高台の貯蔵庫で、壁体を貫くトンネルは軌道を通すためのものだった。積み出しの際は岸壁の桟橋まで軌道で運んだ。桟橋の天端には2列の溝が設けられ、2本の軌道がそこへ引き込まれていた。鉱石はここから艀(はしけ)に積まれて島を離れたとされる。
見学は西港へ下る坂の途中で貯蔵庫の壁体を見上げ、そのまま海側へ下りて桟橋を岸から眺める順が自然である。高台から海へ向かって歩くと、2つの施設のあいだの高低差と、軌道が下っていった向きが体で分かる。周囲にはドライヤー建屋跡や船揚げ場跡など史跡を構成する別の遺構も点在するが、登録有形文化財はこの2件である。
なお、港地区の集落側には燐鉱事業の事務所だった旧東洋製糖北大東出張所や社員浴場の遺構が別に登録されている。登録の年も地番も異なるため、ここでは西港の2件だけをまとめて扱う。
見学方法とアクセス
旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋は屋外の遺構で、受付や入場料はない。北大東村の観光案内は、燐鉱石貯蔵庫跡を「終日」見学でき定休日もないと案内している。問い合わせ先は北大東村教育委員会(電話09802-3-4138)。石積みの遺構と海に面した構造物なので、壁体や桟橋の上には上がらず、外から見るのが基本になる。
北大東島へは那覇空港から琉球エアーコミューター(RAC)の便が1日1往復あり、所要はおよそ1時間。火・水・木曜は南大東空港を経由する。海路では那覇の泊港から大東海運の「だいとう」が通う。島内に公共交通はなく、移動はレンタカーや宿の送迎、北大東村人材交流センターで受け付けるレンタサイクルが頼りになる。北大東空港から西港の旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋までは車で約15分。
西港は島の西側にあり、夕方は海側が逆光になる。旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋の細部を確かめたいなら、日の高いうちに一度歩いておくとよい。
参考文献
- 国指定文化財等データベース「旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005800
- 国指定文化財等データベース「旧東洋製糖燐鉱石積荷桟橋」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005801
- 国指定文化財等データベース「北大東島燐鉱山遺跡」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003973
- 文化遺産オンライン「北大東島燐鉱山遺跡」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/449130
- 北大東村「北大東島燐鉱山遺跡」
- https://vill.kitadaito.okinawa.jp/kankou/kanko_guide/kouzan.html
- 北大東村「アクセス」
- https://vill.kitadaito.okinawa.jp/kankou/access.html
- 北大東島観光ナビ「アクセス」
- https://www.kitadaito.jp/access.html
- 北大東島観光ナビ「レンタサイクル 電動自転車」
- https://www.kitadaito.jp/shop_detail1.html?shop_code=667
最終更新日: 2026.10.06
基本情報
| 名称 | 旧東洋製糖燐鉱石貯蔵庫・積荷桟橋 |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県島尻郡北大東村字港81-11 |
| 所有者 | 北大東村 |
| 指定 | 登録有形文化財 2件 |
| 座標 | 25.95398, 131.28462 |