南海岸の崖下に並ぶ三百の池

沖縄県宮古島の南東端、東平安名崎の北西に張り出した宮土(みゃーどぅ)地区の海岸を見下ろすと、海面近くの緩斜面に皿状の池が幾重にも重なっているのが目に入る。汀線に沿って長さ約70メートル、幅は最大でおよそ30メートル。大小300余りのリムストーンプールが棚田のように段をなし、淡い乳白色の縁取りが太陽光を返している。これが平成28年(2016年)10月に国の天然記念物に指定された「宮古島保良の石灰華段丘」である。

地元では古くからミヤド浜と呼ばれ、漁師が網を干したりウニを採ったりする生活の場であった。地形そのものは知る人ぞ知る存在で、学術的に注目を集めるようになったのは比較的最近のことだ。指定面積は10万平方メートルを超え、リムストーンプールの長径は大きなもので約10メートル、小さなものでは数センチまで様々で、現在もなお石灰華の析出が続いている。

琉球石灰岩と島尻層群が生む湧水

宮古島には川がない。年間およそ2,200ミリの降雨は、地表に多孔質の琉球石灰岩(更新世の珊瑚礁)が分布するため、ほとんど即座に地下に吸い込まれる。その下には、中新世から鮮新世にかけて中国大陸東岸から運ばれた砂泥が堆積した島尻層群が広がる。粘土質で水をほとんど通さない不透水層だ。地下水は琉球石灰岩の中を縦に染み込み、島尻層群の上面に達したところで横方向へ流れる。

島は東側がやや高く、西から南西へ向かってなだらかに傾斜する。そのため東端の保良地区では、海岸の崖中腹に二つの地層の境界面が露出する。境界の隙間から染み出す湧水が「ティダガー(太陽泉)」と呼ばれるもので、地下を旅する間に琉球石灰岩から炭酸カルシウムを取り込んでいる。湧水が崖を流れ落ちて開けた海岸に出ると、水分が蒸発するに従って炭酸カルシウムが石灰華として析出していく。一度縁が立ち上がれば、その内側に水が溜まり、新たな池ができる。これが繰り返されて段丘が育つ仕組みである。

炭素14年代測定によれば、石灰華の析出が始まったのは約3,600年前——縄文時代後期にあたる。海岸から約200メートル沖に発達するサンゴの堡礁(バリアリーフ)が波食を和らげているため、長い時間をかけて積み上がった脆い縁が壊されずに残ってきた。

なぜ天然記念物に指定されたか

石灰華段丘そのものは国内にも例がある。よく知られるのは山口県・秋芳洞の「百枚皿」だが、これは鍾乳洞の中に形成された洞内地形である。世界に目を広げてもパムッカレ(トルコ)、九寨溝(中国)、プリトヴィツェ湖群(クロアチア)、イエローストーン(米国)など野外の例は限られる。日本国内で野外の石灰華段丘が確認された例としては保良が最大規模であり、しかも南西諸島の海岸という特殊な環境で発達している点が特筆される。

地下水の起源は琉球弧の地質構造そのものに遡る。琉球弧は約120万年前以降の沖縄トラフ拡大に伴って隆起し、温暖で清澄な浅海域となって琉球石灰岩を堆積させた。その後の地殻変動による断層運動でブロック状に分断され、東側が高く西側が低い非対称の島が形作られた。保良の石灰華段丘は、こうした列島スケールの地殻変動と、そこに重なる地下水系の複合作用が、海岸の一点に可視化された地形といえる。文化審議会はこの学術的価値を評価し、地質関係の天然記念物として2016年に告示した。

見どころと観察のポイント

段丘を構成する一枚一枚のリムストーンプールは、形が一様ではない。下方の大きな池は角を丸めた長方形が多く、上方へ向かうほど楕円や半月形が増える。縁の高さは数センチから数十センチまで様々で、表面が湿り気を帯びると周囲の岩より明るく光る。

段丘の東側は本体より30〜80センチほど低く落ち込んでおり、基盤岩(ビーチロック)の段差や、石灰華形成以前から残る潮間帯のノッチ、ポットホール、津波で運ばれたとみられる大きな岩塊などが共存している。同じ斜面に異なる時代の海岸地形が層をなして残っているわけで、地形を読み解く楽しみがある。

観察に最も適するのは干潮時で、下段の池が水面上に現れ、縁の輪郭がくっきりと浮かび上がる。雨上がりにはティダガーの水量が増し、石灰華の縁が濡れて光るため、現在進行形の地形形成を実感できる。

訪問にあたっての注意

段丘は東平安名崎の付け根近く、宮渡崎の崖下に位置する。宮古空港から車で約40分の保良集落で県道を外れ、畑道を抜けた先の崖からロープを頼りに急斜面を下りていくルートしかない。整備された遊歩道や手すりは一切ない。足元は滑りやすく、浮石も多く、降雨後や高波時の単独下降は危険を伴う。

初めて訪れる場合は、宮古島市内で実施されているジオツアーや自然観察会への参加を強く勧める。装備や潮位の判断はガイドに任せた方が安全で、解説を聞きながら歩く方が地形の面白さもよく理解できる。段丘の縁は現在進行形で育っている脆い石灰華であり、踏み割れると修復には数百年単位の時間がかかる。撮影に夢中になって縁に乗ってしまわないよう、足元には十分に気を配りたい。

東平安名崎と保良集落

段丘から徒歩圏の東平安名崎は、宮古島の最東端に約2キロにわたって突き出した岬で、国の名勝に指定されている。先端には全国に十六しかない登れる灯台のひとつ、平安名埼灯台が立ち、九十七段の螺旋階段を上がると太平洋と東シナ海が交わる水平線を一望できる。4〜5月には岬一帯にテッポウユリが咲き、群生する白い花が亜熱帯の緑と海の青に映える。

岬の北側には保良漁港があり、磯釣りや漁船の出入りを眺めながら時間を過ごせる。集落自体は素朴な佇まいで、観光化の進んだ西側のリゾートエリアとは雰囲気が異なる。岬と漁港、段丘を組み合わせて半日ゆっくり歩く行程が、保良の地形を体感するには最も適している。

Q&A

Q石灰華段丘は自由に見学できますか
A海岸自体は公共の場所ですが、整備された遊歩道はなく、急峻な崖をロープで下る必要があります。安全のため、地元のガイドツアーへの参加を強く推奨します。
Qトルコのパムッカレと何が違うのですか
A両方とも炭酸カルシウムの析出による棚田状地形ですが、パムッカレは断層帯の温泉が源泉で規模も数百メートル単位に及びます。保良は冷たい地下湧水が源泉で、海岸に直接展開している点が大きく異なります。
Qいつ訪れるのが良いですか
A海況が比較的安定する3月末から6月上旬が無難です。夏は台風が多く、冬は北東風が強い日があるため、訪問日の天候と潮汐を必ず事前に確認してください。
Q池の水は温泉ですか
A温泉ではなく冷たい地下水です。ティダガーは琉球石灰岩を通って湧き出す常温の淡水で、夏場の直射日光で岩肌が温まることはありますが、水自体が温かいわけではありません。
Qなぜ70メートル程度の規模で「国内最大」と言われるのですか
A国内の石灰華段丘の多くは鍾乳洞内に形成されており、屋外で発達した例は極めて少ないからです。野外の石灰華段丘という枠で比較したとき、保良が国内最大規模となります。

基本情報

名称宮古島保良の石灰華段丘(みやこじまぼらのせっかいかだんきゅう)
種別国指定天然記念物(地質関係)
指定年月日平成28年(2016年)10月3日 告示第142号
指定面積101,357.65平方メートル
規模長さ約70メートル、幅最大約30メートル、リムストーンプール300枚余
形成開始約3,600年前(炭素14年代測定)。現在も成長を続けている
所在地沖縄県宮古島市保良
アクセス宮古空港から車で約40分、保良集落から崖を下って約20分。整備された道はなく、ガイドツアー参加を強く推奨
公開状況海岸自体は公共の場所だが、見学施設や柵などの設備はない。崖上に小さな展望ポイントあり

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「宮古島保良の石灰華段丘」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003959
文化遺産オンライン「宮古島保良の石灰華段丘」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/284796
宮古島市「【国指定:天然記念物(地質)】宮古島保良の石灰華段丘」
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/syougaikakusyu/bunkazai-SekkaiKadankyu.html
安谷屋昭「宮古島南東部・保良地域の地下水流域界とカルスト地下湧水群について」宮古島市総合博物館協議会(2017)
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/hakubutsukan/files/2017adaniya.pdf

最終更新日: 2026.05.18