榎原家住宅掛塀とは
榎原家住宅掛塀は、大阪府吹田市豊津町にある明治23年(1890年)ごろ建築の塀で、平成16年(2004年)6月9日に国の登録有形文化財に登録された。榎原家の主屋の背後にあり、宅地の北の辺を区切っている。
木造で瓦葺、延長は21メートル。ほぼ中央に出入口を開く。文化庁のデータベースでは、建物ではなく「その他工作物」に分類されている。
登録の理由:水平に長く伸びる独特の景観
榎原家住宅掛塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、堅牢な構えでありながら水平性を強調し、独特の景観をつくっていると評している。
屋敷の正面が東の長屋門と蔵の並びであるのに対し、掛塀は裏側の北の辺を受け持つ。建てられたのは西土蔵や旧米蔵とほぼ同じ1890年ごろで、この時期に屋敷の四隅と外周が一通り整えられたことが、年代の並びから読み取れる。
見どころ:1間ごとの柱、腕木と出桁、舟板と漆喰
榎原家住宅掛塀は、高く積んだ切石の基礎の上に、1間(約1.8メートル)ごとに柱を立てている。柱からは腕木を突き出し、その先で出桁(だしげた)を受けて、桟瓦葺の屋根を架けている。塀の上に小さな軒が連なり、屋根の影が21メートルにわたって一直線に落ちる。
外側の面では、腰の部分に舟板を途切れなく張り続けている。その上に残る細い壁面は、柱と柱のあいだを漆喰で塗る。下の暗い板張り、上の白い帯、さらに瓦の屋根と、横に長い層が三段に重なる構成が、水平の印象をいっそう強めている。
同じ屋敷の西土蔵も高い切石積の基礎に舟板張りの壁を組み合わせている。北の辺に並ぶ掛塀と北西隅の西土蔵は、年代も同じ1890年前後で、材料と仕上げの選び方にも共通点が見える。
榎原家住宅掛塀の見学について
榎原家住宅掛塀は個人の屋敷の塀で、敷地内に入って見ることはできない。
掛塀は宅地の北の辺、主屋の背後にあり、長屋門のある東の街路からは見えにくい位置にある。大阪文化財ナビには、主屋の北面とあわせて塀を写した写真が掲載されているので、姿はそちらで確かめられる。
Q&A
- 榎原家住宅掛塀はいつつくられたのですか?
- 文化庁のデータベースでは明治23年(1890年)ごろの建築とされています。平成16年(2004年)6月9日に登録有形文化財に登録されました。
- 榎原家住宅掛塀はどこにありますか?
- 主屋の背後にあり、宅地の北の辺を区切っています。ほぼ中央に出入口があります。
- 榎原家住宅掛塀はどのくらいの長さですか?
- 延長は21メートルです。1間ごとに柱を立て、腕木で出桁を受けて桟瓦葺の屋根を架けています。
- 榎原家住宅掛塀の外側の仕上げはどうなっていますか?
- 腰の部分に舟板を連続して張り、その上の細い壁面は柱のあいだを漆喰で塗っています。高い切石積の基礎の上に建っています。
- 榎原家住宅掛塀は見学できますか?
- 個人の屋敷の塀のため、敷地内からの見学はできません。東の街路からは見えにくい位置にあり、大阪文化財ナビの写真で姿を確かめることができます。
基本情報
| 名称 | 榎原家住宅掛塀 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府吹田市豊津町25-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成16年(2004年)6月9日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、延長21メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(個人住宅) |
参考文献
- 榎原家住宅掛塀(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004154
- 榎原家住宅掛塀(文化遺産オンライン)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/117034
- 指定・登録文化財一覧(吹田市)
- https://www.city.suita.osaka.jp/bunkazai/shitei/1031084.html
- 榎原家住宅主屋(大阪文化財ナビ)
- https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E6%A6%8E%E5%8E%9F%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85%E4%B8%BB%E5%B1%8B
最終更新日: 2026.09.29