医師が夢見た湖畔の古城 ― 旧是枝近有邸

大阪府堺市北区の閑静な住宅街に、まるでヨーロッパの古城がそのまま現れたかのような建物がそびえています。旧是枝近有邸(きゅうこれえだちかありてい)は、開業医であった是枝近有氏が自ら設計し、1931年(昭和6年)に完成した自邸兼診療所です。

木造4階建てでありながら石造建築のような重厚な外観を持ち、四方対称の構成やコリント式円柱、中央の塔屋など、西洋建築への深い憧れが随所に表現されています。2002年(平成14年)に国の登録有形文化財に登録され、堺市を代表する近代建築遺産のひとつとして広く知られています。

建築の経緯 ― 絵葉書から生まれた城

是枝近有氏は堺市百舌鳥地区で開業していた医師でした。ヨーロッパの古城が描かれた絵葉書に心を奪われた是枝氏は、建築の専門教育を受けていなかったにもかかわらず、自らの手で設計図を描き上げ、自邸を西洋の城館のように建てるという壮大な計画を実行に移しました。

施工を担当したのは、是枝氏の患者のひとりであった宮大工(社寺仏閣専門の大工)の村田元蔵氏です。村田氏は約3年の歳月をかけ、日本の伝統的な木造建築の技術を駆使しながら、医師の描いた西洋風の意匠を見事に実現しました。

建築当時、この場所には相賀池(おうがいけ)という大きなため池が広がっており、邸宅は池に突き出た半島の先端に位置していました。水面に映る洋館の姿は、まさにヨーロッパの湖畔に建つ古城そのものであったと伝えられています。残念ながら、相賀池は昭和40年代に埋め立てられ、現在は住宅地となっていますが、建物自体はかつての輝きを今も保ち続けています。

文化財としての価値

旧是枝近有邸は、2002年(平成14年)2月14日に文化財保護法に基づく登録有形文化財(建造物)として登録されました。

登録の主な理由は、その際立った洋風意匠の外観にあります。木造でありながらモルタル塗りの外壁に人造石の洗い出し仕上げを施し、石造建築のような重厚感を実現している点、四方すべてが同一デザインの対称構成とし中央に塔屋を載せている点、2層分のコリント式円柱でベランダを支える大胆な意匠、そして壁面の角を丸く処理するなどの細やかなデザイン上の工夫が高く評価されています。

専門的な建築教育を受けていない医師が設計し、宮大工が日本の木造技術で西洋建築を表現するという異例の成り立ちも、建築史上きわめて貴重な事例として注目されています。

見どころ ― 外観の魅力

四方対称のデザイン

旧是枝近有邸の最大の特徴は、東西南北の4面がすべて同じデザインであることです。どの方向から眺めても同じ堂々とした表情を見せるこの構成は、日本の住宅建築としてはきわめて珍しく、ヨーロッパの塔屋建築を思わせる独自の風格を生み出しています。

コリント式円柱

1階から立ち上がる大きな円柱は、古代ギリシア建築のコリント式オーダーをモデルにしています。コリント式は、柱頭にアカンサス(地中海地方に自生する植物)の葉をモチーフにした装飾が施されることが特徴です。これらの柱が3階のベランダを2層分にわたって支える姿は、建物全体に壮麗な印象を与えています。

中央塔屋(展望台)

建物の頂部中央には小さな塔屋が設けられ、かつてはここから相賀池や周囲の田園風景を一望できたと考えられています。この塔屋が建物に城のようなシルエットを与え、遠くからでもひときわ目を引く存在感を放っています。

人造石の外壁

建物は完全な木造構造ですが、外壁には花崗岩の人造石を洗い出し技法で仕上げることにより、あたかも石造建築であるかのような質感を実現しています。この左官技術の高さも、本建築の大きな見どころのひとつです。

丸みを帯びた壁面

壁面の角は直角ではなく丸く処理されており、建物全体に柔らかな印象を与えると同時に、ヨーロッパの城塔を連想させる造形上の工夫となっています。

多彩なガラス意匠

窓には数種類のガラスが使い分けられており、昭和初期の洋風建築に多く見られた型板ガラスなどが用いられています。これらの装飾的なガラスが、外観だけでなく室内にも豊かな表情をもたらしています。

見学にあたって

旧是枝近有邸は現在も個人の住宅兼医院として使用されている私有の建物です。そのため、内部の一般公開は行われていません。ただし、建物の外観は周囲の道路から自由にご覧いただけます。見学の際は、住人の方のプライバシーや近隣にお住まいの方への配慮をお願いいたします。

建物は堺市北区百舌鳥梅北町の住宅街の中に位置しています。中百舌鳥駅または百舌鳥八幡駅から徒歩約10分の距離にあり、落ち着いた住宅街を散策しながら向かうことができます。

周辺の見どころ

百舌鳥・古市古墳群(ユネスコ世界遺産)

旧是枝近有邸のすぐ近くには、2019年にユネスコ世界文化遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群が広がっています。世界最大の前方後円墳である仁徳天皇陵古墳をはじめとする44基の古墳群は圧巻のスケールです。JR百舌鳥駅近くの百舌鳥古墳群ビジターセンターでは、8K空撮映像や多言語での展示を楽しむことができます。

百舌鳥八幡宮

百舌鳥八幡駅近くに鎮座する歴史ある神社で、毎年秋に行われるふとん太鼓の祭りが有名です。境内は桜や紅葉の季節にもたいへん美しく、静かなひとときを過ごすことができます。

大仙公園

仁徳天皇陵古墳に隣接する大仙公園には、日本庭園や堺市博物館、茶室などがあり、古墳群の見学と合わせてゆっくりと散策を楽しむことができます。

Q&A

Q旧是枝近有邸の内部は見学できますか?
A現在も個人の住宅兼医院として使用されているため、内部の一般見学は行われていません。ただし、外観は周囲の道路から自由にご覧いただけます。見学の際は住人の方や近隣の方への配慮をお願いいたします。
Q最寄り駅はどこですか?
A南海高野線・大阪メトロ御堂筋線の中百舌鳥駅、または南海高野線の百舌鳥八幡駅が最寄りです。いずれの駅からも徒歩約10分の距離にあります。
Q建物は本当に木造なのですか?
Aはい、全体が木造です。外壁は花崗岩の人造石を洗い出し仕上げで施工しており、石造のような外観ですが、構造体はすべて木造です。この巧みな技術も文化財登録の理由のひとつとなっています。
Qかつてあった池はどうなりましたか?
A建築当時、建物が面していた相賀池(おうがいけ)は、昭和40年代(1960年代後半)に埋め立てられ、現在は住宅地になっています。かつての湖畔の城のような景観は失われましたが、建物そのものは当時の姿を保っています。
Q百舌鳥古墳群の見学と合わせて訪問できますか?
Aはい、旧是枝近有邸は百舌鳥エリアに位置しており、ユネスコ世界遺産の百舌鳥古墳群とあわせて半日で巡ることができます。大仙公園や百舌鳥古墳群ビジターセンターとの組み合わせがおすすめです。

基本情報

名称 旧是枝近有邸(きゅうこれえだちかありてい)
設計 是枝近有(開業医・建物所有者)
施工 村田元蔵(宮大工)
竣工 1931年(昭和6年)
構造 木造4階建、モルタル塗、セメント瓦葺、建築面積52㎡
文化財登録 登録有形文化財(建造物)/2002年(平成14年)2月14日登録
所在地 大阪府堺市北区百舌鳥梅北町4丁185
アクセス 南海高野線・大阪メトロ御堂筋線「中百舌鳥」駅より徒歩約10分/南海高野線「百舌鳥八幡」駅より徒歩約10分
見学 外観のみ(私有の住宅兼医院のため内部非公開)

参考文献

旧是枝近有邸 — 堺市公式サイト
https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/torokuseido/oldkoreedachika.html
旧是枝近有邸 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149255
旧是枝近有邸 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/旧是枝近有邸
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014458
百舌鳥・古市古墳群 公式サイト
https://www.mozu-furuichi.jp/jp/visit/access.html

最終更新日: 2026.03.12