十三の福祉施設に建つ白い教会堂

聖贖主教会(博愛社礼拝堂)は、大阪市淀川区十三元今里にある昭和11年(1936年)竣工の鉄筋コンクリート造教会堂で、令和5年(2023年)2月27日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)が主宰したヴォーリズ建築事務所。日本聖公会大阪教区の教会であると同時に、同じ敷地を使う社会福祉法人博愛社の礼拝堂でもある。

規模は3階建、建築面積265平方メートル、塔屋付の1棟。白い外壁の正面中央に円形のバラ窓が開き、その脇に鐘楼を兼ねた塔屋が立つ。塔の隅にはタレットと呼ばれる円筒形の小塔が添えられ、半円アーチを基調とするロマネスク調の輪郭をつくっている。装飾は少ないが、輪郭線の取り方に設計者の判断がよく出ている。

博愛社の出発点は明治23年(1890年)にさかのぼる。当時26歳の小橋勝之助が、兵庫県赤穂郡矢野村瓜生(現在の相生市)で、貧しい家庭の子どもたちを育てる施設として創設した。明治32年(1899年)に大阪府西成郡神津村、すなわち現在地へ移る。

教会としての歩みは、施設の歩みと重なりながら少し遅れて始まった。明治27年(1894年)に宣教師のページ司祭が博愛社のホームで日曜学校を開いたのが端緒とされ、初期には川口基督教会の伝道師が日曜礼拝を担っていた。明治36年(1903年)の川口基督教会の会員名簿には博愛社に住む70名が載り、うち59名が博愛社の子どもだったという。博愛社側は、明治40年(1907年)11月に川口基督教会から分離独立した時点を教会の設立としている。

室戸台風からの再建と、登録の評価

現在の教会堂は、災害からの立て直しとして生まれている。

昭和9年(1934年)9月21日、室戸台風が近畿一円を襲い、博愛社の建物にも大きな被害が出た。アメリカの女性篤志家の寄付によって建てられていた初代の教会堂は全壊した。この年の4月に博愛社は財団法人の認可を受けたばかりで、体制を整えた矢先の打撃だった。

再建までおよそ1年半。昭和11年(1936年)、鉄筋コンクリート造の本体に3階の塔屋を載せ、隣保館・礼拝堂・貴賓室をひとつの建物に収めた白亜の教会堂が完成した。文化庁の国指定文化財等データベースは構造を「鉄筋コンクリート造3階建、建築面積265㎡、塔屋付」と記載し、昭和62年(1987年)と平成26年(2014年)の改修を年代欄に併記している。

登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化審議会が登録を答申したのは令和4年(2022年)11月18日で、明快な意匠と落ち着いた空間をもつ教会堂建築として評価された。ヴォーリズ建築事務所は国内外で1,600棟を超える建物を手がけたが、この教会堂は昭和10年代から20年代にかけての同事務所の設計態度、つまり構成の合理性を装飾で覆い隠さない姿勢がはっきり読み取れる一例とされる。

用途の積み方も見逃せない。竣工当初、1階は社会福祉の事業に充て、2階から上を教会として区切っていた。福祉の現場と礼拝の場を垂直に重ねる構成は、児童養護の施設のただ中に礼拝堂を置くという博愛社の成り立ちから導かれたものである。

礼拝堂に入る

階段を上がって礼拝堂に入ると、まず装飾の少なさに気づく。柱を建物の外周側へ出すアウトフレームの構法をとったため、内部に太い柱型が張り出さない。白い壁と高い天井、大きな窓だけで構成された長方形の空間が、そのまま素直に広がっている。

午前の光が窓から斜めに落ちる時間帯は、座っているだけで十分に見応えがある。

正面のバラ窓は、外から見上げるときと内から見上げるときで働きが違う。外観では白い壁面に穿たれた円形の意匠として効き、堂内では光源になる。窓の大きさは礼拝堂の明るさをほぼ決めており、意匠を切り詰めた分だけ光の質が前に出る設計になっている。

塔屋の尖塔には鐘が吊られている。博愛社と教会では「愛の鐘」と呼ばれ、児童養護施設の幼児部門の建物が完成した記念に設置されたものだという。礼拝の始まる前に鳴る。

見学については、礼拝堂は日中であれば入って静かに過ごすことができる。日本聖公会大阪教区の案内によれば、日曜日の礼拝は午前10時30分から11時30分、金曜日の朝の礼拝は午前9時30分から10時。教会や博愛社の行事で使用している時間帯は遠慮してほしいと明記されているため、日時を決めて訪ねるなら事前に電話(06-6302-7945)で確認しておきたい。拝観料の設定はない。

敷地は児童養護施設や高齢者施設を含む福祉法人の運営地である。門を入ってすぐ礼拝堂に向かうのではなく、事務所に声をかけてから見学するのが筋にかなう。堂内の撮影可否も、その場で確認するのが確実である。

最寄りは阪急十三駅。西へ徒歩10分ほど、商店街を抜けた先の住宅地のなかに白い塔が見えてくる。教会堂の西側には、小橋勝之助、小橋実之助、林歌子、小橋カツヱの4名を記念する石像が立っている。博愛社を創設し、支えた人々である。

Q&A

Q聖贖主教会(博愛社礼拝堂)は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A礼拝堂は日中、誰でも入って静かに過ごすことができます。拝観料はありません。ただし教会や社会福祉法人博愛社の行事で使用している時間帯は控えるよう案内されています。敷地は児童養護施設などを併設する福祉法人の運営地ですので、事務所に声をかけてから入るのが確実です。電話は06-6302-7945。
Q聖贖主教会(博愛社礼拝堂)へはどう行けばよいですか。
A阪急電鉄十三駅が最寄りで、西へ徒歩10分ほどです。所在地は大阪市淀川区十三元今里三丁目(教会・法人の表示は3-1-72)。梅田から阪急で2駅という位置にあり、大阪市内の観光と組み合わせやすい場所にあります。
Q聖贖主教会(博愛社礼拝堂)を設計したのは誰ですか。
Aヴォーリズ建築事務所です。主宰したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)はアメリカ出身で、伝道者として来日したのち建築設計に携わり、国内外で1,600棟を超える建物を手がけたと伝わります。この教会堂は昭和11年(1936年)の竣工で、同事務所の昭和10年代から20年代の作風がよく表れた作例と評価されています。
Q聖贖主教会(博愛社礼拝堂)はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A登録基準は「造形の規範となっているもの」です。正面のバラ窓、鐘楼を兼ねた塔屋、円筒形の小塔(タレット)によるロマネスク調の外観と、アウトフレーム構法によって柱型の出ない平明な礼拝堂内部が評価されました。文化審議会の答申は令和4年(2022年)11月18日、登録は令和5年(2023年)2月27日、登録番号は27-0874です。
Q聖贖主教会(博愛社礼拝堂)は昔からこの姿だったのですか。
A現在の建物は2代目です。初代の教会堂はアメリカの女性篤志家の寄付で建てられましたが、昭和9年(1934年)9月21日の室戸台風で全壊しました。約1年半後の昭和11年(1936年)に、ヴォーリズ建築事務所の設計で鉄筋コンクリート造として再建されたのが現在の建物です。その後、昭和62年(1987年)と平成26年(2014年)に改修を受けています。

基本データ

名称聖贖主教会(博愛社礼拝堂)/せいあがないぬしきょうかい(はくあいしゃれいはいどう)
所在地大阪府大阪市淀川区十三元今里三丁目63-4他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 27-0874
指定年令和5年(2023年)2月27日登録(登録基準:造形の規範となっているもの)
員数1棟
寸法建築面積265平方メートル
構造鉄筋コンクリート造3階建、塔屋付
年代昭和11年(1936年)/昭和62年・平成26年改修
設計ヴォーリズ建築事務所
所有者社会福祉法人博愛社
公開状況礼拝堂は日中開放(行事使用時を除く)。拝観料なし。日曜礼拝は午前10時30分から11時30分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 聖贖主教会(博愛社礼拝堂)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014503
文化遺産オンライン(文化庁) — 聖贖主教会(博愛社礼拝堂)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/526007
社会福祉法人博愛社 — 聖贖主教会について
https://www.hakuaisha-welfare.net/redeemer/
日本聖公会大阪教区 — 大阪市内の教会
https://www.nskk.org/osaka/2022/02/22/church_oc/
社会福祉法人博愛社 — 博愛社のご案内
https://www.hakuaisha-welfare.net/information/

最終更新日: 2026.08.20