刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉とは:織田信長の愛刀と伝える、光忠の最上作とされる刀
刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉(かたな〈きんぞうがんめいみつただ/みつのりかおう〉)は、所在地非公開(個人蔵)の鎌倉時代の刀で、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は1口、刃長72.5センチメートル、反り2.4センチメートルで、昭和15年(1940年)5月3日に当時の制度で指定されている。
文化庁によると、備前長船の光忠の作と本阿弥光徳が極めたもので、茎に金象嵌の銘が入る。
刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉の姿
文化庁の記録によると、鎬造、庵棟で、身幅が広く、鋒は猪首となる。地鉄は小板目がよく約み、沸が細かにつき、乱れ映りが華やかに立つ。
刃文は匂が深い大丁子乱れに蛙子丁子が交じり、足や葉がよく入り、細かに金筋がかかって冴える。帽子は乱れ込んで浅く返り、表裏に棒樋を掻き通す。茎は大磨上げとする。刃長72.5センチメートル、反り2.4センチメートル、元幅3.3センチメートル、先幅2.5センチメートル、鋒長3.8センチメートルである。
刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉の見どころ
文化庁は、大磨上げではあるが豪壮華麗な作風で、刃文は光忠の作の中でも特に華やかな乱刃であり、光忠の最上作とされるとしている。
文化庁によると、織田信長の愛刀で、信長から徳川家康に贈られたものと伝え、家康から水戸の徳川頼房に与えられた。
刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉の見学方法
個人が所有しており、公開の状況についての公的な案内は確認できなかった。
Q&A
- 刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。
- この刀の作者は?
- 本阿弥光徳が備前長船の光忠の作と極めました。
- この刀の伝来は?
- 織田信長の愛刀と伝え、信長から徳川家康に贈られ、家康から水戸の徳川頼房に与えられました。
- この刀の大きさは?
- 刃長72.5センチメートル、反り2.4センチメートルです。
- この刀はどこにありますか?
- 個人が所有しており、所在地は公開されていません。
基本情報
| 名称 | 刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉(かたな〈きんぞうがんめいみつただ/みつのりかおう〉) |
|---|---|
| 所在地 | 所在地非公開(個人蔵) |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 昭和26年(1951年)6月9日指定(昭和15年(1940年)5月3日旧制度指定) |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 刃長72.5センチメートル、反り2.4センチメートル、元幅3.3センチメートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 公開状況は確認できず |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/310
- 文化遺産オンライン「刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188846
最終更新日: 2026.09.29