河野家住宅裏土蔵西棟とは

河野家住宅裏土蔵西棟は、大阪府和泉市内田町三丁目の河野家住宅で敷地の北西の隅に南を向いて建つ江戸時代末期の土蔵で、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財に登録された。土蔵造2階建の瓦葺で、建築面積は23平方メートルある。

文化庁のデータベースは建築年代を江戸末期(1830〜1868年)とし、衣装や布団を収納した蔵と説明している。東隣に建つ裏土蔵東棟が家財蔵であるのに対し、河野家住宅裏土蔵西棟は家族の衣類と寝具を預かる蔵だった。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁の解説は敷地北西の景観をつくる蔵と位置づけている。

窓の少ない閉じた蔵

河野家住宅裏土蔵西棟は2階建の切妻造で、長い側面を正面とする平入である。屋根は置屋根の形式で本瓦葺とする。戸口は南面の中央に1つだけ開け、ほかの開口は北面2階の小窓2か所に限られる。

文化庁の解説は、窓が少なく閉鎖的な土蔵と評している。衣装や布団は湿気と虫を嫌うため、外気の出入りを絞った閉じたつくりは、納める物に合っていたと考えられる。北面の小窓は屋敷の外側に向いて高い位置にあり、2階の空気を入れ替える役目を果たしたのだろう。

和泉市は、西棟は棟を高くして東棟と並び立つと説明している。2階建の西棟と平屋の東棟が敷地の北辺に並び、高さの違う2つの屋根が屋敷の裏手を区切っている。

2層3室の内部と登梁の小屋組

河野家住宅裏土蔵西棟の内部は、1階・2階とも床を板敷とし、1階を2室、2階を1室に分ける。下の階を仕切って納める物を分け、上の階は一続きの空間として使っていたことがうかがえる。

屋根を支える小屋組は登梁で、軒から棟へ向かって斜めに梁を架け上げる。梁が屋根の勾配に沿って上がるため、2階の中央に高さが生まれ、布団のようにかさの張る物を積むにも都合がよい。

河野家住宅裏土蔵西棟の見学

河野家住宅裏土蔵西棟は敷地の北西の奥に建ち、蔵の内部が公開されているかどうかは確認した範囲の資料では分からなかった。南面の戸口や2階建の高い屋根を間近に見られるかどうかも含めて、訪れる際は「河野邸」の運営者に尋ねたい。

河野家住宅は「河野邸」としてギャラリーとカフェの営業時間に敷地へ入れるが、その時間に裏手の蔵の前まで立ち入れるかは案内に記載がない。

Q&A

Q河野家住宅裏土蔵西棟には何が納められていましたか?
A文化庁のデータベースによると、衣装や布団を収納する蔵でした。東隣の裏土蔵東棟は家財蔵で、2棟で用途が分かれていました。
Q河野家住宅裏土蔵西棟はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか?
A江戸末期(1830〜1868年)の建築で、令和6年(2024年)3月6日に登録されました。
Q河野家住宅裏土蔵西棟の外観の特徴は何ですか?
A2階建の切妻造平入で、置屋根を本瓦で葺きます。開口は南面中央の戸口と北面2階の小窓2か所だけで、窓の少ない閉じた蔵です。
Q河野家住宅裏土蔵西棟の内部はどうなっていますか?
A1階・2階とも板敷で、1階は2室、2階は1室です。小屋組は登梁です。
Q河野家住宅裏土蔵西棟は見学できますか?
A内部の公開は確認できていません。敷地の奥に建つため、近くで見られるかどうかも含めて「河野邸」の運営者に問い合わせてください。

基本情報

名称河野家住宅裏土蔵西棟
所在地大阪府和泉市内田町3丁目236
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和6年(2024年)3月6日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23㎡
所有者個人
公開状況内部公開・近接見学の可否は未確認

参考文献

国指定文化財等データベース 河野家住宅裏土蔵西棟(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014876
国指定文化財等データベース 河野家住宅裏土蔵東棟(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014877
文化遺産オンライン 河野家住宅裏土蔵西棟
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/594366
和泉市 河野家住宅(江戸時代末期)が 国の登録有形文化財(建造物)に!(2023年11月24日)
https://www.city.osaka-izumi.lg.jp/kakukano/syougaibu/bunkaisan/bunkazai_event/19452.html

最終更新日: 2026.10.02