久安寺楼門 ― 大阪北部の山あいに残る室町の門

池田の市街を抜けて国道423号を北へ走ると、住宅地はやがて木々の濃い谷あいへと変わる。その道の曲がり角に、二階建ての木造の門が建っている。瓦屋根の四隅が鳥の翼のように反り上がり、これが久安寺の楼門である。建立は十五世紀前半、室町時代のなかごろで、境内に残る建物のなかでもっとも古い。

形式は三間一戸楼門。正面が三間に分かれ、中央の一間だけが通路として開く二階建ての門で、間口は約5.4メートル、奥行は約3.6メートルある。屋根は入母屋造で、平瓦と丸瓦を交互に葺く本瓦葺で仕上げられている。通路の左右、下層の脇間には金剛力士像、いわゆる仁王が一体ずつ安置され、門を守っている。

行基の開創から久安の年号へ

門の奥にある寺には、長い来歴がある。寺伝によれば、久安寺は神亀2年(725年)、行基によって開かれた。行基は各地で土木事業や民衆への布教を行った僧として知られる。ここに営まれた寺は、はじめ安養院と呼ばれた。天長年間(824〜834年)には弘法大師空海が留錫したと伝わり、真言密教の道場として栄えたという。

安養院は保延6年(1140年)に焼失した。本尊の千手観音をはじめとする諸像は、この火災を免れている。久安元年(1145年)、近衛天皇の勅願によって祈願所として再興され、このとき年号をとって久安寺と改められた。寺号は元号に由来する。宗派は高野山真言宗、山号は大澤山である。

現在の楼門が建つのは、それより後の室町時代にあたる。昭和34年(1959年)の解体修理によって部材を内側から調べることができ、室町時代初期に再建または大きく手を加えられたと推定された。その後も江戸時代から明治時代にかけて三、四回の修理を経ている。境内に建ち並ぶ堂宇のうち、これほど古くまでさかのぼるのは楼門だけである。

なぜ重要文化財なのか

久安寺の楼門が保護の対象とされた時期は、かなり早い。明治36年(1903年)4月、現行制度の前身にあたる枠組みのもとで、当時の旧国宝に指定された。戦後、昭和25年(1950年)の文化財保護法によって区分が整理されると、重要文化財として登録し直され、現在に至っている。

一棟の門が指定を受ける理由は、ひとつの特徴に絞れることは少ない。ここでは、古さ、形のまとまり、そして二つの建築様式がひとつの建物のなかで出会っている点が重なっている。骨組みは和様、すなわち日本で長く積み重ねられてきた在来の手法による。そこへ大工たちは禅宗様の要素を織り込んだ。禅宗様は鎌倉時代に中国から伝わった様式で、柱の頭から突き出る頭貫の木鼻の彫りに、もっともよく表れている。室町初期の姿を保ちながらこうした様式の混在を見せる門は、この地域では多くない。

見どころ

門の正面に立ち、視線を屋根のほうへ上げてみたい。地元の案内が必ず挙げるのが軒の反りで、この門は古くからもっとも優美な楼門のひとつと評されてきた。急で劇的な反りではなく、四隅へ向かってゆるやかに、均等に立ち上がる線で、立つ位置や光の当たり方によって表情が変わる。

次に、軒の下の組み物に目を移したい。深い軒を支える木組みは何層にも重なって入り組み、しばらく近くで眺める価値がある。柱の頭の木鼻を探すと、在来の素朴な手法から離れた彫りが見つかる。

下層の脇間には二体の仁王が立つ。門を守る存在で、一方は口を開き、一方は口を閉じる。仏教の考えでは、この阿吽の対が始まりから終わりまでを表す。門の周囲は柵で囲われ、中央の通路をくぐることはできないが、表と裏のどちらの面も見ることができ、境内に面した裏側にはまた違った趣がある。

門の周りと境内へ

久安寺は関西では花の寺として知られ、関西花の寺の第十二番札所にあたる。春は牡丹とツツジ、初夏は紫陽花と睡蓮、秋は紅葉、冬は山茶花とろう梅と、四季を通じて花が続く。もっとも写真に撮られるのは6月下旬で、このころ池の水面に切った紫陽花の花を浮かべる「あじさいうかべ」が行われる。紅葉の時季には、11月第3日曜日にもみじまつりが開かれる。

門の先には、池を中心に作られた回遊式庭園「虚空園」と、特定の日に仏像を公開する諸堂が広がる。ここに伝わる木造阿弥陀如来坐像も重要文化財である。久安寺は伏尾温泉や五月山の一帯に近く、楼門は市街北部の山を歩く一日に自然と組み込める。

門は公道に面していて、南側の正面はいつでも無料で見られる。裏側へまわって境内に入るには、門の脇にある別の参拝者用入口を開門時間内に通る。境内の拝観料は300円である。

Q&A

Q拝観料を払わずに門を見られますか。
A見られます。門は国道423号に面していて、南側の正面はいつでも無料で道路から眺められます。境内に入って裏側を見る場合は、開門時間内に拝観料300円が必要です。
Q門はどのくらい古いのですか。
A現在の門は室町時代初期、十五世紀前半のものです。寺そのものの開創は伝承では725年とさらに古いのですが、門は境内に現存する最古の建物です。
Q門をくぐることはできますか。
Aできません。保護のため門の周囲は柵で囲われ、中央の通路は閉じられています。脇に別の入口があり、そこから境内へ入って門の表と裏の両方を見ることができます。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A通年で花を楽しめる寺です。6月下旬のあじさいうかべと、11月なかばの紅葉がもっとも人出が多く、見ごたえもあります。落ち着いた時季でも、門と庭園は十分に見られます。
Q公共交通機関での行き方は。
A阪急宝塚線で池田駅まで行き、久安寺方面の阪急バスに乗り換えて約15分です。久安寺バス停から門までは徒歩1分ほどです。

基本データ

名称久安寺楼門(きゅうあんじろうもん)
所在地大阪府池田市伏尾町
指定区分重要文化財(建造物)。明治36年(1903年)4月15日指定、昭和25年(1950年)の文化財保護法により重要文化財として登録
時代室町時代中期(十五世紀前半)
構造三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺、間口約5.4メートル・奥行約3.6メートル、1棟
所有者久安寺
拝観時間9:00〜16:00(境内)。門の正面は道路から常時拝観可
拝観料境内300円
アクセス阪急宝塚線池田駅から阪急バス「久安寺」下車(約15分)、徒歩1分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):久安寺楼門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2154
文化遺産オンライン:久安寺楼門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/175392
久安寺公式サイト:久安寺について
https://kyuanji.jp/about.html
池田市観光協会:久安寺
https://www.ikedashi-kanko.jp/spot/recommend-spot17

最終更新日: 2026.06.04