薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉とは:鎌倉時代に流行した姿をそのまま伝える、吉岡一文字助光の生ぶの薙刀

薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉(なぎなた〈めいいちびしゅうよしおかじゅうさこんのしょうげんきのすけみつ〉)は、所在地非公開(個人蔵)の鎌倉時代の吉岡一文字助光の薙刀で、昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は1口、身長56.7センチメートル、反り2.7センチメートル、元幅3.3センチメートルで、元応2年(1320年)の作である。昭和6年(1931年)12月14日に当時の制度で指定されている。

文化庁によると、加賀前田家に伝来した。

薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉の姿

文化庁の記録によると、冠落造、三つ棟で、先が張らず、反りが少しつく。鍛えは小板目肌がよく約み、乱れ映りが立つ。刃文は丁子にわずかに互の目を交え、物打から上は直刃調となり、足・葉がよく入り、匂口は総じて締まりごころである。

帽子は小丸でやや長く返る。表裏に薙刀樋に添樋を刻して角止とする。茎は生ぶで、先は栗尻、鑢目は切、目釘孔は二つで、表裏の中央にやや大振りに長銘と年紀がある。

薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉の見どころ

文化庁によると、身幅が広く、先が張らない姿は鎌倉時代に流行した薙刀の典型である。鎌倉時代の生ぶの薙刀で現存するものは少なく、また銘文にも資料価値がある。

薙刀の姿と、表裏に大振りに刻まれた長銘と年紀に注目したい。

薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉の見学方法

個人が所有しており、所在地は公開されていない。公開の状況についての公的な案内は確認できなかった。

Q&A

Q助光の薙刀はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定されました。
Qこの薙刀はいつ作られたのですか?
A元応2年(1320年)です。
Qこの薙刀の姿の特徴は?
A身幅が広く先が張らない、鎌倉時代に流行した薙刀の典型的な姿です。
Qこの薙刀の価値は?
A鎌倉時代の生ぶの薙刀は現存するものが少なく、銘文にも資料価値があります。
Qこの薙刀の伝来は?
A加賀前田家に伝来しました。

基本情報

名称薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光/元応二年〈庚申〉十一月日〉(なぎなた〈めいいちびしゅうよしおかじゅうさこんのしょうげんきのすけみつ〉)
所在地所在地非公開(個人蔵)
指定区分国宝(工芸品)
指定年昭和28年(1953年)3月31日指定(昭和6年(1931年)12月14日旧制度指定)
員数1口
寸法身長56.7センチメートル、反り2.7センチメートル、元幅3.3センチメートル
所有者個人
公開状況公開状況は確認できず

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光〉」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/407
文化遺産オンライン「薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光〉」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/178032

最終更新日: 2026.10.01