大阪市街に残った旧赤川村の主屋

中條家住宅主屋は、大阪市旭区赤川四丁目にある明治中期建築の農家主屋で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は27-0947、旭区内の建造物としては初めての登録例である。

中條家は江戸時代から赤川村を代表する地主であった。現在の主屋はその中條家が明治中期に建てたもので、昭和前期に改修の手が入っている。国指定文化財等データベースは建築年代の西暦を1883年から1897年の間としており、幅を持たせた記載になっているのは、棟札などの確実な年紀資料が確認されていないためとみられる。

「赤川」という地名は、室町時代にこの地にあった天台宗の赤川寺に由来する。赤川寺は大坂の陣の戦火で廃寺となり、再興されないまま消えた。その鎮守として創建された日吉神社は寺のあとも存続し、本殿・拝殿・絵馬堂を構えて氏神として崇敬を集めたが、昭和20年の空襲でほとんどを失い、戦後に復興している。主屋はその日吉神社の西方、旧集落のただ中に位置する。淀川左岸の低地に開けた農村が、大阪の市域拡大に呑み込まれていく過程で、建物としての痕跡はほぼ払われた。この一棟はその例外にあたる。

登録という制度の選択

国宝や重要文化財が「指定」であるのに対し、登録有形文化財は「登録」である。平成8年(1996年)に創設された制度で、築おおむね50年以上を経た建造物を対象とし、現状変更には許可ではなく届出で足りる。使われ続けている建物、住まわれ続けている建物を、暮らしを止めずに保護の網に入れるための枠組みだといってよい。中條家住宅主屋は今も個人の住宅であり、この制度の性格によく合致している。

登録基準は三つあるうちの第一号、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が適用された。文化審議会の答申は令和7年3月21日、文部科学省告示第63号による登録は同年8月6日、根拠条文は文化財保護法第57条第1項である。答申資料には「現在活用を検討中」との一文が添えられており、保存の先にある使い方はまだ定まっていない段階にある。

評価の眼目は建築的な精緻さではなく、赤川という集落の地理的記憶にある。大阪の食を支えた近郊農村は市街化とともに姿を消し、戦災がそれに追い打ちをかけた。旭区に農家建築が一棟も登録されてこなかったという事実そのものが、この主屋の希少性を裏側から示している。

つし二階と出桁がつくる正面

主屋は敷地北寄りに南面して建つ、木造2階建、瓦葺、建築面積157平方メートル。ただしこの「2階」はつし二階である。軒高を抑えた屋根裏部屋であって、階高の揃った総二階ではない。外観が階数の割に低く重く見えるのはそのためだ。

屋根は入母屋造で、軸部は出桁造。梁や腕木を側柱より外へ突き出し、その先端で桁を受けることで軒を深く前へ張り出させる技法である。南面と西面には幅の広い下屋が回り、大屋根の出と下屋の水平線が重なって、正面には奥行きのある陰影が生まれる。

その正面に、二つの古風な要素が残っている。土間の大戸と、それに並ぶ格子窓である。大戸は農具や収穫物を土間へ出し入れするために、一時的に大きく開口できるよう設けられた建具で、農家の作業空間と屋外とを直結させる装置だった。市街地の住宅からはとうに失われた顔つきが、ここでは正面に据わったままになっている。

内部は西側に土間、東側に六室を整然と並べる。南東隅には床の間と平書院を備えた仏間座敷を置き、接客と仏事の格式をこの一角に集めている。注目されるのは二階への上がり方で、階段が存在しない。北西部の四畳半の間に梯子を架け、天井の板戸を引き開けて上がる。建築当初の形状がそのまま保存されている点が、この住宅の評価を支えている。大黒柱には高級材である栂を用い、30センチ角という太さで通す。地主層の家格が、材の選択に露出している。

見学にあたっては注意が要る。個人の住宅であり内部は非公開、公開日も拝観料の設定もない。外観は前面道路から目に入るが、敷地は私有地であり、居住者の生活がそこにある。撮影は道路上からにとどめたい。鉄道でのアクセスはJRおおさか東線の城北公園通駅(旭区赤川一丁目、平成31年開業)が最寄りで、そこから北へ徒歩10分ほど、日吉神社と淀川堤防に近い一帯にあたる。訪問前に外観を確認したい場合は、大阪市旭区役所のページに写真が掲載されている。

Q&A

Q中條家住宅主屋の内部は見学できますか。公開日はありますか。
A中條家住宅主屋は個人所有の住宅で、内部は非公開です。公開日、拝観時間、拝観料の設定はなく、見学者向けの設備もありません。登録時の文化審議会答申には「現在活用を検討中」と記されており、将来的に状況が変わる可能性はあります。外観のみ前面道路から見ることができます。
Q中條家住宅主屋はいつ登録されましたか。重要文化財とは何が違いますか。
A令和7年(2025年)8月6日、登録番号27-0947として国の登録有形文化財(建造物)になりました。重要文化財が国による「指定」で現状変更に許可を要するのに対し、登録有形文化財は「登録」であり届出制です。使い続けながら守ることを前提とした、より緩やかな制度にあたります。
Q中條家住宅主屋への行き方を教えてください。
A所在地は大阪市旭区赤川四丁目1455他です。最寄り駅はJRおおさか東線の城北公園通駅(旭区赤川一丁目)で、北へ徒歩10分ほど、日吉神社と淀川堤防に近い旧赤川村の集落内にあたります。見学者用の駐車場はありません。
Q中條家住宅主屋の「つし二階」とはどのような構造ですか。
A軒高を低く抑えた民家の屋根裏部屋を指します。階高の揃った総二階とは異なり、外観が低く重く見えるのが特徴です。中條家住宅主屋では二階へ上がる階段がなく、北西部の四畳半の間から梯子を架け、天井の板戸を引き開けて上がります。建築当初の形状がそのまま残っています。
Q中條家住宅主屋と日吉神社、赤川という地名にはどんな関係がありますか。
A「赤川」は室町時代にこの地にあった天台宗赤川寺に由来する地名です。赤川寺は大坂の陣の戦火で廃寺となりましたが、その鎮守として創建された日吉神社は現存し、地域の氏神となっています。中條家住宅主屋は同神社の西方、旧赤川村の集落内に位置します。

基本情報

名称中條家住宅主屋(ちゅうじょうけじゅうたくおもや)
所在地大阪府大阪市旭区赤川四丁目1455他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0947
指定年令和7年(2025年)8月6日登録/文化審議会答申は同年3月21日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積157平方メートル
所有者個人(所有者名は非公表)
公開状況非公開。外観のみ前面道路から視認可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 中條家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015489
文化遺産オンライン — 中條家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/545394
大阪市旭区役所 — 「中條家住宅主屋」が国登録有形文化財に登録されました
https://www.city.osaka.lg.jp/asahi/page/0000659978.html
大阪府 — 国登録有形文化財(建造物)の登録について(報道発表資料)
https://www.pref.osaka.lg.jp/hodo/fumin/o180150/prs_50701.html
文化庁 — 令和7年3月21日 文化審議会答申(登録有形文化財(建造物)の登録)PDF
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94187801_01.pdf

最終更新日: 2026.08.20