大阪セルロイド会館 ― 大大阪モダニズムが息づく、昭和初期の産業遺産

大阪市東成区、地下鉄今里駅から西へ徒歩わずか5分ほどの住宅街の一角に、淡いクリーム色の壁とスペイン瓦の軒を持つ、どこかヨーロッパ的な雰囲気をまとった一棟のビルが建っています。これが、1931(昭和6)年に竣工した「大阪セルロイド会館」です。世界初の人工プラスチックである「セルロイド」の隆盛を今に伝える希少な近代建築であり、2001(平成13)年に国の登録有形文化財に登録されました。北館と南館でまったく異なる二つの表情を見せながらも、全体としては不思議と一つにまとまる――その独特の佇まいは、観光ガイドにあまり載らない、知る人ぞ知る大阪の名建築です。

失われた産業から生まれた建築

戦後、石油由来のプラスチックが普及するまで、世界の人々を魅了したのが「セルロイド」でした。19世紀末に綿(コットン)から取れる硝酸セルロースに樟脳を加えてつくられたこの素材は、軽くて加工しやすく、鮮やかに着色できるという特性から、櫛・かんざし・人形・万年筆の軸・眼鏡フレーム・映画フィルムなど、生活のあらゆる場面で用いられました。昭和初期の大阪は日本有数のセルロイド生産地であり、なかでも東成区はセルロイド製の櫛づくりの一大拠点として知られていました。

「櫛会館」として誕生

1931(昭和6)年、隆盛を誇った大阪輸出セルロイド櫛同業組合が、事務所と輸出検査場を兼ねる新会館として建てたのが、この建物の北側部分です。当時は「櫛会館(くしかいかん)」と呼ばれ、地域のシンボル的存在でした。その6年後の1937(昭和12)年には南側が増築され、現在のL字形の平面が完成しました。戦争を経て、戦後の石油系プラスチックの台頭によりセルロイド産業そのものが衰退していくなかでも、この建物は奇跡的にほぼ当時の姿のまま残されてきました。

登録有形文化財に選ばれた理由

2001(平成13)年11月20日、大阪セルロイド会館は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。文化庁の登録概要では、二期にわたる増築でデザインの異なる二つの面を持ちながら、1階の庇、2階のアーチ窓、3階の軒のスペイン瓦といった共通の意匠で全体を巧みにまとめ上げた、戦前期の都市型小規模商業建築の好例として評価されています。また、かつて隆盛を極めながら今ではほとんど姿を消したセルロイド産業の数少ない記念碑であること、そして大阪府営繕課に在籍し、北野中学や今宮中学などモダニズム校舎を手がけた建築家・西田勇の代表作の一つであることも、この建物の文化財としての価値を高めています。

一つの建物に二つの顔

この会館の最大の魅力は、北館と南館がまるで別の建物のように異なる表情を見せながら、不思議と調和している点にあります。

北館 ― 表現派風の柔らかな曲面

1931年に建てられた北館の北東角は、緩やかなアール(曲面)に仕上げられ、その外側には卵頭形の断面を持つ4本の細い列柱が並びます。これはドイツ表現派の影響を受けた、昭和初期のモダンな意匠です。アール部分の内側は階段室となっており、列柱の間には縦長の細い窓が並びます。柔らかな曲線と繊細な縦のラインが生み出す優しい印象は、しなやかなセルロイドの素材感を建築化したかのような味わいを湛えています。

南館 ― 町家風の直線美と丸窓

1937年に増築された南館の南東角、つまり現在の正面玄関側は、北館とは対照的に直線的なデザインです。和風(町家風)の縦長の窓と短い庇を組み合わせ、その上部には当時大流行した丸窓が並びます。北館と南館をつなぐのは、1階の庇のライン、2階の半円アーチ窓、そして3階の軒先をぐるりと取り囲む赤いスペイン瓦――この共通言語によって、二つの異なる時代のデザインが見事に一つの建物としてまとまっています。

細部に潜む見どころ

ぜひ立ち止まって、細部を観察してみてください。北側入口まわりには、設計者の西田勇が好んで用いた無釉の色土タイルが今も残っています。また、南側壁面の小さな丸窓には、竣工当時のものと考えられる鉄製サッシが残されており、中央の輪に指をかけて押すとガラスが回転して開く独特の構造になっています。手作り感のあるその造作は、約90年の時を超えて今も健在です。現在の外壁は温かみのあるクリーム色ですが、竣工当初は白い建物だったと伝わっています。

1階のセルロイド展示室

1階には、所有者である大阪セルロイド会館(一般財団法人)が運営する小さな展示室があります。ガラスケースの中には、翡翠色や珊瑚色、べっ甲を模した色とりどりの櫛、キューピー人形、かんざし、ブラシなど、かつての日本の家庭を彩ったセルロイド製品の数々が並びます。東成区のセルロイド産業や本建物の設計資料も展示されており、戦前の日本のものづくりや生活文化に興味のある方にとっては、じつに魅力的な小さな博物館です。

ご注意:建物の内部は通常非公開です。展示室の見学や内部の撮影には、事前に所有者・管理者への申し込みが必要です。外観は公道から自由に見学できますが、近隣の方々や利用者の迷惑にならないよう、ご配慮をお願いいたします。

周辺の見どころ

東成区は派手な観光地ではありませんが、地元の生活感あふれる街並みが魅力です。大阪セルロイド会館の見学とあわせて、以下のスポットも組み合わせると充実した一日になります。

  • 今里商店街:会館から徒歩圏内。地元密着型のアーケード商店街で、大阪のふだん着の魅力を味わえます。
  • 鶴橋コリアタウン:地下鉄千日前線で2駅。焼肉店やキムチ専門店が立ち並ぶ、大阪屈指の異文化エリアです。
  • 大阪城公園:地下鉄と徒歩で約15分。会館見学とあわせて、大阪を象徴する天守閣と広大な公園散策を楽しめます。
  • 深江郷土資料館:同じ東成区内にある、菅笠づくりの伝統を今に伝える文化財建造物です。

Q&A

Q大阪セルロイド会館の中に入れますか?
A現役のテナントビルとして使用されているため、通常は内部非公開です。1階のセルロイド展示室は、所有者の大阪セルロイド会館(一般財団法人)への事前申し込みにより見学できる場合があります。外観は公道から自由にご覧いただけます。
Qセルロイドとはどのような素材ですか?
A世界初の人工プラスチックといわれる素材で、綿(コットン)から取れる硝酸セルロースに樟脳を加えてつくられます。軽く、色付けが自由で加工しやすいため、戦前の日本では櫛、人形、眼鏡フレームなどに広く使われましたが、戦後は石油系プラスチックに取って代わられました。
Q設計者はどのような人物ですか?
A大阪府営繕課に在籍した建築家・西田勇です。北野中学や今宮中学など、当時の大阪のモダニズム校舎建築を手がけたことでも知られます。タイル使いを好んだ建築家で、本建物にもその趣味の良さが各所に残っています。
Qどうやって行けますか?
A大阪メトロ千日前線・今里筋線の今里駅が最寄りです。1号出口から西へ進み、北側へ折れる脇道に入ると、徒歩約5分でたどり着けます。
Qいつ文化財に登録されたのですか?
A2001(平成13)年11月20日に、国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は27-0163です。

基本情報

名称 大阪セルロイド会館(おおさかせるろいどかいかん)
所在地 大阪府大阪市東成区大今里西2-5-12
竣工 1931(昭和6)年/南側を1937(昭和12)年に増築
設計 西田勇(大阪府営繕課)
構造 鉄筋コンクリート造、地上3階建/建築面積313㎡
文化財指定 登録有形文化財(建造物)/2001(平成13)年11月20日登録/登録番号 27-0163
所有者 一般財団法人大阪セルロイド会館
アクセス 大阪メトロ千日前線・今里筋線「今里」駅から徒歩約5分
公開状況 外観は公道から自由に見学可。内部・展示室は事前申し込みによる見学のみ。

参考文献

大阪セルロイド会館 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139831
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002561
大阪セルロイド会館 ― ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/大阪セルロイド会館
【文化財紹介】大大阪のモダン建築 ~大阪セルロイド会館~|大阪歴史倶楽部
https://note.com/daireki/n/nf62750ce609d
1つの建物に2つの顔。東成区「大阪セルロイド会館」|OSAKA NOSTALGIC SOUND TRIP
https://www.osaka-soundtrip.com/nos-spot/history3764/
一般財団法人 大阪セルロイド会館 公式サイト
http://ebisu.softeng.co.jp/cellukaikan/

最終更新日: 2026.05.05