阪之上家住宅洋館とは
阪之上家住宅洋館(さかのうえけじゅうたくようかん)は、大阪府堺市西区浜寺昭和町にある大正10年(1921年)頃の煉瓦造2階建の洋館で、平成11年(1999年)11月18日に登録有形文化財となった。建築面積は37平方メートルで、主屋から離れて1棟だけで建つ独立型の洋館である。
阪之上家住宅洋館は屋敷の西端に建ち、西面をそのまま街路に接している。屋敷の和風の建物がすべて敷地の内側にあるのに対し、この洋館だけが通りに正面を見せ、屋敷の表構えをつくっている。
阪之上家住宅洋館の設計をめぐる伝え
文化庁の解説は、阪之上家住宅洋館について、浜寺土地株式会社が計画しながら実現しなかった「浜寺ホテル」の設計図の一部を採って建てたと伝える、と記す。堺市の案内も、大正10年(1921年)頃に計画された浜寺ホテルの設計を活かして建てられたといわれる、としている。
どちらの資料もこれを言い伝えとして書いており、設計図や設計者の名は確認した資料には出てこない。ホテルのどの部分を写したのかも分かっていない。ただ、住宅としては小さな37平方メートルの建物に、公共建築を思わせる厳格な立面が与えられていることは、この伝えと無理なく結びつく。
柱型をパラペットまで通したファサード
阪之上家住宅洋館の外観でまず目に入るのは、壁から浅く突き出した柱型(ピラスター)である。柱型は地面から屋上のパラペットまで途切れずに立ち上がり、2階建の正面を縦の線で区切っている。文化庁はこのファサードの構成を、洋館のいちばんの特徴として挙げている。
屋根を見せず、壁の頂部をパラペットで水平に切りそろえた箱形の姿は、瓦屋根の住宅が並ぶ浜寺の町並みのなかで目を引く。通りから見上げると、縦の柱型と水平のパラペットがつくる格子状のリズムがよく分かる。
この柱型の意匠は、洋館の北に続く外塀にも引き継がれている。外塀の街路側に並ぶバットレス(控え壁)は、洋館の柱型に合わせて形を整えたもので、洋館と塀が一体の立面として計画されたことをうかがわせる。
文化庁は阪之上家住宅洋館を「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録した。浜寺の別荘地が開かれた時期の建物として、通りの景観に欠かせない存在と評価されたことになる。
阪之上家住宅洋館の見学
阪之上家住宅洋館は個人の住まいの一部で、内部は公開されていない。堺市も外観からの見学を求めている。
西面が街路に接しているので、阪之上家住宅洋館は屋敷の建物のなかでいちばん見やすい。道路の反対側に立つと、柱型からパラペットまでの立面を一度に見渡せる。敷地には入らず、撮影も短時間にとどめたい。
Q&A
- 阪之上家住宅洋館とはどんな建物ですか?
- 堺市西区浜寺昭和町にある大正10年(1921年)頃の煉瓦造2階建の独立型洋館で、建築面積は37平方メートルです。
- 阪之上家住宅洋館はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 平成11年(1999年)11月18日に、登録番号27-0080として「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
- 阪之上家住宅洋館は浜寺ホテルと関係がありますか?
- 浜寺土地株式会社が計画して実現しなかった浜寺ホテルの設計図の一部を用いて建てたと伝えられています。文化庁・堺市とも言い伝えとして紹介しています。
- 阪之上家住宅洋館の外観の特徴は?
- 壁の柱型を屋上のパラペットまで通した正面の構成です。北に続く外塀のバットレスも、この柱型に合わせた意匠になっています。
- 阪之上家住宅洋館の中は見学できますか?
- 内部は非公開です。西面が道路に接しているので、外観は公道から見ることができます。
基本情報
| 名称 | 阪之上家住宅洋館 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府堺市西区浜寺昭和町5-594 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)、登録番号27-0080 |
| 指定年 | 平成11年(1999年)11月18日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 煉瓦造2階建、建築面積37平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(外観は公道から見学) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 阪之上家住宅洋館(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001436
- 阪之上家住宅洋館(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177656
- 阪之上家住宅洋館他(堺市)
- https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/torokuseido/sakanoueke.html
最終更新日: 2026.09.28