面積約4平方キロの町に伝わる国宝の名筆

大阪府泉北郡忠岡町は、面積およそ4平方キロメートルという日本で最も小さい町として知られます。南海本線忠岡駅から住宅街を15分ほど歩いた先に、正木美術館があります。ここに収められているのが、国宝「藤原行成筆白氏詩巻」です。平安時代の能書、藤原行成(972〜1027)が唐の詩人白居易の詩を書写した一巻で、昭和30年(1955年)6月22日に国宝の指定を受けました。

巻末の跋文から、鎌倉時代の後嵯峨院(1220〜1272)の旧蔵品であったことが知られ、研究者の間では「後嵯峨院本白氏詩巻」と呼ばれています。中世の上皇が手元に置いた一巻が、800年近い歳月を経て泉州の小さな美術館に受け継がれている。その事実だけでも、足を運ぶ理由になります。

藤原行成と和様の書

行成は摂関期の公卿です。名門に生まれながら父と祖父を早くに亡くし、若年期は昇進に恵まれませんでした。30歳で参議に任じられて以降は実務官僚として藤原道長の信任を得て、晩年には権大納言にまで昇ります。万寿4年(1027年)、道長と同じ日に没したと伝えられます。

書の世界では、小野道風(894〜966)、藤原佐理(944〜998)と並ぶ「三蹟」の一人に数えられます。それまで中国の書法、いわゆる唐様を範としてきた日本の書は、平安時代中期にこの三人を経て、丸みと柔らかさを備えた日本独自の様式へと変わっていきました。これが和様の書です。道風が礎を築き、佐理が展開し、行成が完成させたと評されます。行成を祖とする世尊寺流は、以後数百年にわたり宮廷書道の本流であり続けました。

行成は、自分が生まれる前に没した道風に深く私淑していました。漢文日記『権記』の長保5年(1003年)の条には、夢の中で道風に会い、書法を授けられたと記しています。憧れの先人から夢で筆法を受け継いだと日記に書き残す。千年前の能書の素顔がのぞく逸話です。

書写の題材に選ばれたのは白居易(772〜846)、日本では白楽天の名で親しまれた唐の詩人です。その詩文集『白氏文集』は平安貴族の必読書で、『枕草子』や『紫式部日記』にもその名が見えます。「雪月花の時最も君を憶う」の一句は、日本の美意識を象徴する「雪月花」という言葉の源になりました。当代一の能書が、当代随一の人気詩人の詩を写す。本巻はその組み合わせの産物です。

国宝指定の理由と価値

行成の真筆と目される国宝は3件しかありません。東京国立博物館の白氏詩巻、京都・本能寺の書巻(本能寺切)、そして本巻です。東博本には行成自身の奥書があり、玄孫の藤原定信による鑑定の跋語も付くため、確実な自筆と位置づけられています。本巻にはそうした直接の証拠はありませんが、書風が行成の確実な遺墨ときわめて近いことから、真筆として高い信頼が置かれてきました。文化庁の国指定文化財等データベースも「藤原行成筆白氏詩巻」の名称で登録しています。

後嵯峨院旧蔵という伝来も本巻の価値を支えています。行成の没後およそ200年の時点で、すでに上皇の手元に納まる名品として扱われていたことが跋文から裏づけられるためです。これほど由緒の確かな伝来を持つ書跡は、国宝の中でも多くありません。

もう一つ見逃せないのは、所蔵館の事情です。正木美術館は、小野道風筆「三体白氏詩巻」(国宝)も所蔵しています。和様の創始者と完成者、二人の三蹟による白氏詩巻が同じ一館に並ぶ例はほかになく、平成27年(2015年)の特別展では二巻が同時公開されました。和様の書の出発点と到達点を一度に見比べられる場所は、国内でここだけです。

見どころ

展示ケースの前に立ったら、まず一行を上から下までゆっくり目で追ってみてください。

行成の書の特色は線質にあります。太細の変化に無理がなく、転折、つまり画の折れ曲がる箇所が角張らずに柔らかく運ばれます。筆をやや傾けて穏やかに動かす側筆の技法によるもので、字形は丸みを帯び、均整がとれています。道風のふくよかさとも、佐理の奔放さとも違う、端正で繊細な書きぶりです。

一字の中では筆が自在に動いているのに、行はまっすぐに通り、乱れがありません。出世を重ねても謙虚さを失わなかったという行成の人柄を、この行儀のよさに重ねて見る人もいます。確かめるのは、実物の前に立つあなた自身です。

注意点が一つあります。本巻は常設展示されていません。正木美術館の展覧会は春季展と秋季展の年2回で、テーマに応じて展示品が入れ替わります。本巻の公開は限られた機会のみです。本巻を目当てに訪れる場合は、事前に公式サイトで展示内容を確認してください。出ていない時期でも、中世の水墨画や禅僧の墨蹟、茶道具の名品が静かな展示室に並び、訪問の価値は十分にあります。

周辺情報

正木美術館は、忠岡の素封家・正木孝之(1895〜1985)が昭和43年(1968年)に開いた美術館です。戦後の一代で約1300点の東洋古美術を収集し、その中には国宝3件、重要文化財13件が含まれます。武者小路千家流の茶人でもあった正木の眼は、禅林の墨蹟と水墨画、茶の湯の道具に向けられました。本館・新館とも正木自身の設計で、展示室は茶室を思わせる静けさに包まれています。隣接する正木記念邸(国登録有形文化財)は、会期中の土日祝に一部が公開されます。

アクセスは南海本線忠岡駅から徒歩約15分、泉大津駅からタクシーで約7分。南海本線は難波と関西国際空港の双方に直結しており、空港からの立ち寄りも難しくありません。

周辺に足を延ばすなら、数駅南の岸和田には岸和田城の天守閣と9月のだんじり祭で知られる城下町が、北の堺には千利休の生地である旧市街があります。正木コレクションには重要文化財「千利休図」も含まれており、堺で利休のゆかりを辿ってから忠岡で茶の湯の美術に触れる一日は、大阪市内の喧騒から離れた落ち着いた行程になります。

Q&A

Q白氏詩巻はいつでも見られますか。
A常設展示ではありません。春季展・秋季展の年2回の展覧会で、テーマに応じて公開される機会に限られます。訪問前に公式サイトで展示作品を確認するか、美術館に問い合わせてください。
Q東京国立博物館の白氏詩巻とは別の作品ですか。
A別の作品です。どちらも行成筆と伝わる国宝ですが、東博本は寛仁2年(1018年)の行成自身の奥書を持ち、正木本は後嵯峨院旧蔵の伝来から「後嵯峨院本」と呼ばれて区別されます。
Q漢文が読めなくても楽しめますか。
A楽しめます。鑑賞の中心は文意よりも、線の太細の変化、字形の均整、行の流れといった書そのものの美しさです。予備知識がなくても、筆の動きを目で追うだけで見ごたえがあります。
Q館内で写真撮影はできますか。
A紙や絹の脆弱な作品を扱う美術館の通例として、展示品の撮影は原則できないと考えてください。最新の取り扱いは受付で確認してください。

基本情報

名称藤原行成筆白氏詩巻(通称:後嵯峨院本白氏詩巻)
指定区分国宝(書跡・典籍) 昭和30年(1955年)6月22日指定
員数1巻
時代平安時代
所有者公益財団法人正木美術館
所在地大阪府泉北郡忠岡町忠岡中2-9-26
公開状況常設展示なし。春季展・秋季展で随時公開
開館時間10:00〜16:30(入館は16:00まで)。月曜・展示替期間・夏季冬季は休館
入館料一般700円、高大生500円、小中生300円
アクセス南海本線忠岡駅から徒歩約15分、泉大津駅からタクシー約7分

参考文献

国指定文化財等データベース「藤原行成筆白氏詩巻」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/734
公益財団法人正木美術館 公式サイト
https://masaki-art-museum.jp/
大阪観光局公式サイト「正木美術館」
https://osaka-info.jp/spot/masaki-art-museum/
忠岡町観光ガイド「正木美術館」
https://www.tadaoka.or.jp/kanko/masaki_art.html

最終更新日: 2026.06.11