寺院でありながら町家の顔をもつ

清学院庫裏は、大阪府堺市堺区北旅籠町西にある江戸末期の住居建築で、平成14年(2002年)8月21日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

庫裏は寺院の生活・執務の場である。清学院では、この庫裏が不動堂の南面と東面に接続し、平面は鍵形をなす。敷地面積は126平方メートル。庫裏の建築面積は75平方メートルで、隣接する24平方メートルの不動堂と比べれば広いという程度の規模にすぎない。

玄関は南面、構造上は不動堂の側面にあたる位置に開く。形式は式台玄関で、板張りの一段を設けて客を迎える構えをとる。その奥に八畳間を2室配し、玄関の南側は土間とする。

特徴が最もよく現れるのは、不動堂の南面から延びた部分である。ここは屋根裏を低い階として使うつし二階とし、壁面に虫籠窓を穿つ。堺や京都の市街を歩き慣れた者であれば、この窓の格子と塗り込めをただちに町家のものと読むだろう。街路から眺めれば、寺院の一部が商家の姿をしている。

寺子屋「清光堂」と河口慧海

江戸後期から明治初期にかけて、この建物では「清光堂」の名で寺子屋が営まれていた。寺子屋は庶民の子弟に読み書きと算術を教えた私設の教育機関で、学年による一斉授業ではなく、それぞれが必要な手習いを進める形式をとる。堺のような商都では、実務に直結する手本類が古典と並んで使われた。館内には往来物や『千字文』といった教科書類が展示されている。

この寺子屋の門下から、建物の意味を全国的なものに変えた人物が出た。河口慧海である。慶応2年(1866年)、堺の山伏町、現在の堺区北旅籠町西3丁に生まれ、数え年6歳で清光堂に学んだ。明治5年(1872年)の学制公布後は県学第七区分校、のちの錦西小学校に入学したが、12歳で家業の桶樽製造に従事するため退学している。それでも学びは続き、土屋鳳洲の主宰する晩晴書院で漢学を修めた。

明治21年(1888年)に上京して哲学館、のちの東洋大学に学び、25歳で得度して黄檗宗の僧となる。漢訳仏典に限界を感じた慧海は、明治30年(1897年)、鎖国下のチベットを目指して日本を発った。ネパールを経て明治33年(1900年)にヒマラヤの峠を越え、翌年ラサに日本人として初めて到達する。第1回の旅は6年近くにおよび、帰国後に『西蔵旅行記』としてまとめられた。明治37年(1904年)には再びチベットへ向かい、10年近くをインド・ネパール・チベットで過ごしている。堺市は清学院を、河口慧海に関連する唯一の建物として記録している。

登録の位置づけと見学案内

登録年月日は平成14年8月21日、告示は同年9月3日、登録番号は27-0189。適用された登録基準は「再現することが容易でないもの」で、不動堂・門と同じ第34回の登録である。所有者は堺市。令和5年(2023年)4月1日には3棟が歴史的風致形成建造物にも指定された。

平成23年(2011年)から「堺市立町家歴史館 清学院」として公開されている。開館は午前10時から午後5時まで、入館は午後4時30分まで。休館日は火曜日(祝日の場合は翌平日)と12月29日から1月3日。入館料は100円、20人以上の団体は80円で、中学生以下、堺市域に住所のある65歳以上の方、障害のある方とその介助者は証明書の提示で無料となる。町家歴史館3館の共通入館券は700円。

門をくぐる前に屋根の稜線を追ってほしい。不動堂の切妻は庫裏の屋根より一段高い。内部では一続きの空間が、外からは二棟に見える。その仕掛けを確かめたうえで、南に延びた部分の虫籠窓を探す。仏堂と商家の二階窓が同じ屋根の下に並ぶ光景は、この敷地でしか見られない。

室内は八畳間2室が寺子屋当時の様子を示す形で整えられ、河口慧海関係の資料も並ぶ。撮影できない展示品があるため、カメラを構える前にスタッフへ確認したい。駐車場はない。阪堺線「高須神社」停留場から西へ300メートル、南海本線「七道」駅から東へ300メートル、いずれも徒歩5分ほどである。同じ町家歴史館を構成する重要文化財・山口家住宅までは約620メートル。合わせて歩くのが自然な距離といえる。

Q&A

Q清学院庫裏とはどのような建物ですか。見学できますか。
A不動堂の南面と東面に接続する鍵形平面の住居建築で、寺院の生活の場にあたります。「堺市立町家歴史館 清学院」として公開されており、午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)に見学できます。休館日は火曜日と年末年始、入館料は100円です。
Q清学院庫裏が町家のような外観をしているのはなぜですか。
A不動堂の南面から延びる部分をつし二階とし、虫籠窓を設けているためです。文化庁の解説はこの点を、市街地に立地する寺院の特色として挙げています。
Q清学院庫裏は河口慧海と関係がありますか。
A江戸後期から明治初期にかけて、ここで寺子屋「清光堂」が営まれ、河口慧海が数え年6歳から学びました。堺市は清学院を、慧海に関連する唯一の建物としています。
Q清学院庫裏の所有者と登録番号は。
A所有者は堺市、登録番号は27-0189です。平成14年8月21日に登録され、同年9月3日に告示されました。
Q清学院庫裏へのアクセスと駐車場について教えてください。
A阪堺線「高須神社」停留場から西へ300メートル、南海本線「七道」駅から東へ300メートル、いずれも徒歩約5分です。駐車場はありません。
Q清学院庫裏の規模はどのくらいですか。
A木造平屋建・瓦葺で建築面積は75平方メートルです。清学院全体の敷地面積は126平方メートルとなっています。

基本情報

名称清学院庫裏(せいがくいんくり)
所在地大阪府堺市堺区北旅籠町西1丁3-13
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 27-0189
指定年平成14年(2002年)8月21日登録、同年9月3日告示
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積75平方メートル(鍵形平面、南延長部はつし二階)
所有者堺市
公開状況公開。午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)、火曜日・年末年始休館、入館料100円

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)清学院庫裏
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002951
堺市 清学院不動堂・庫裏・門
https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/torokuseido/seigakuin.html
堺市 堺市立町家歴史館 清学院
https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/seigakuin.html
堺市立町家歴史館 清学院・河口慧海
https://www.sakai-machiyamuseums.com/seigakuin/
堺市立町家歴史館 よくある質問
https://www.sakai-machiyamuseums.com/faq-2/

最終更新日: 2026.08.05