6棟が1939年に建てられた邸宅

樟徳館は、大阪府東大阪市菱屋西2-4-12にある邸宅で、敷地の6棟が2000年(平成12年)10月18日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。6棟はいずれも1939年に建てられている。

6棟は、主屋、土蔵、鎮守社、門、東塀、南塀である。所有は学校法人樟蔭学園である。

文化庁は主屋を、樟蔭学園の創立者で、大阪・長堀で材木商を営んだ森平蔵の私邸、と記す。

建てられた年に、幅がない

6棟の年代が、すべて同じである。

年代の欄は、主屋、土蔵、鎮守社、門、東塀、南塀のいずれも昭和前、西暦は1939年である。

登録年月日も6棟とも2000年10月18日で揃う。建てられた年も登録された日も、ずれがない。

観音正寺では、7棟の年代が1796年から1928年まで132年に散らばっていた。境内の建物が代を追って建てられたためである。

行形亭では10棟、重田家住宅では8棟が登録されているが、棟ごとに登録の年が分かれる場合もある。

本件は一人の施主が一度に建てた邸宅であり、門から塀まで同じ年に揃う。

施主が材木商で、自ら木を選んでいる

建物の材が、施主の生業と結びついている。

文化庁は主屋について、自ら木取りした良材をふんだんに用い、和洋折衷の室内意匠でまとめられた近代和風邸宅建築、とする。

木取りは、丸太からどう材を挽き出すかを決めることをいう。材木商である施主が、自分でそれを行ったと記される。

行形亭土蔵では、道から見た眺めが親しまれていることが評価の理由になった。旧集成館機械工場では、戦災のあとの再建であることが述べられた。

本件は、誰がどのように材を選んだかが記録に入っている。

主屋は建築面積1169平方メートルで、入母屋造の玄関車寄を中央にし、左手に平屋建の応接間棟、右手に2階建の居室棟をバランスよく配す、とされる。

寸法の単位が、三通りに分かれる

建物の大きさの示し方が、種類によって違う。

主屋、土蔵、鎮守社は建築面積で記される。それぞれ1169平方メートル、133平方メートル、3.3平方メートルである。

門は間口3.2メートルである。通り抜けるための建物であり、幅で示される。

東塀は延長24メートル、南塀は延長70メートルである。塀は長さで示されることになる。

面積、間口、長さの三通りが並ぶ。観音正寺でも面積、建築面積、間口の三通りが分かれていた。

最も大きいのが主屋の1169平方メートル、最も小さいのが鎮守社の3.3平方メートルで、およそ354倍の開きがある。

敷地の配置

どの棟がどこに建つかが、記録に示されている。

門は長瀬川沿いの敷地東辺の南寄りに、道路からやや奥にひいて建つ。

東塀は門の北端から長瀬川沿いに北へ、延長約24メートルにわたる。南塀は門の南端から敷地東南隅で折れ曲がり、敷地南辺を西へ約70メートル続く。

土蔵は敷地の西北方隅に建つ。鎮守社はその奥、蔵の南側に位置する。

門を入って敷地の中央に主屋があり、東と南を塀が囲み、西北の隅に土蔵と鎮守社が置かれていることになる。

南塀の前面には木製の矢来柵が置かれ、趣ある横道空間をつくりだしている、とされる。

見学

所在は大阪府東大阪市菱屋西2-4-12で、所有は学校法人樟蔭学園である。

学校法人が所有する邸宅であり、公開の有無や条件は所有者の定めによる。

門と東塀、南塀は道路に面しており、外から見ることができる。

各棟の見学の条件は棟ごとに異なる。それぞれのページに記した。

公開の状況は変わることがあるため、訪問前に確認したい。

参考文献

文化遺産オンライン 樟徳館主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/167242
文化遺産オンライン 樟徳館土蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/181843
文化遺産オンライン 樟徳館鎮守社
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114814
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.13

基本情報

名称樟徳館
所在地大阪府東大阪市菱屋西2-4-12
所有者学校法人樟蔭学園
指定登録有形文化財 6件
座標34.65359, 135.57821