道修町に伝わる南宋の刊本
大阪市中央区道修町。江戸時代から薬種商が軒を連ね、今も製薬企業の本社が集まるこの一角に、紹興9年(1139年)の刊記をもつ宋版の経書17冊が収蔵されている。国宝「宋版毛詩正義〈紹興九年刊/(金沢文庫本)〉」である。指定は昭和26年(1951年)6月9日。所有者は公益財団法人武田科学振興財団で、同財団が運営する杏雨書屋(きょううしょおく)に保管されている。
杏雨書屋は医学・薬学関係の古典籍を中心とする専門図書館として知られるが、その蔵書には本書のほか「説文解字木部残巻」「史記集解」の計3件の国宝が含まれる。製薬の街の図書館が、12世紀中国の出版文化を代表する一級資料を守り続けている。
指定名称に付された「金沢文庫本」の称は、各冊に捺された蔵書印に由来する。鎌倉時代に北条実時が創設した金沢文庫の旧蔵書であることを示すもので、南宋で刷られた書物が中世日本の武家の書庫を経て、現代の大阪に至った来歴を端的に示している。
毛詩正義とは何か
『詩経』は周代の詩305篇を収める中国最古の詩集で、儒教の五経のひとつに数えられる。漢代に毛亨・毛萇が伝えたテキスト系統が後世に残ったため「毛詩」とも呼ばれる。その解釈をめぐる諸説を統一するため、唐の太宗は孔穎達(くようだつ、574〜648年)らに五経の標準注釈書の編纂を命じた。完成したのが『五経正義』であり、『毛詩正義』はその詩経の部にあたる。永徽4年(653年)に頒布され、以後、科挙の基準テキストとして東アジアの読書人に長く読み継がれた。
本書の書誌学上の価値は、その形態にある。経文・毛伝・鄭箋と正義(疏)をひとつに合刻した後世の「注疏本」とは異なり、疏の部分だけを単独で刊行した「単疏本」と呼ばれる古い形態を留めている。注疏合刻本が普及すると単疏本は次第に流通から姿を消したため、現存例はきわめて少ない。『毛詩正義』の単疏本としては、本書がほぼ唯一のまとまった伝本とされ、テキストの原初の姿を知るうえで不可欠の資料となっている。
刊記の紹興9年は西暦1139年。靖康の変(1127年)で華北を金に奪われた宋王朝が、江南で体制を立て直しつつあった時期にあたる。経書の覆刊は、南渡後の王朝が文化の継続を内外に示す事業でもあった。
国宝指定の理由
印刷物である漢籍が国宝に指定される例は多くない。本書の指定は、複数の価値が重なった結果といえる。
第一に、宋版としての古さと刊年の確実性である。宋代は木版印刷が技術的完成をみた時代で、字様の美しさと紙墨の質の高さから、宋版は後世一貫して書物の最高峰と評価されてきた。なかでも刊記によって南宋初期の年紀が確定できる伝本は世界的にも貴重である。
第二に、単疏本という形態の希少性である。杏雨書屋は2011年から2013年にかけて本書の影印本を第一帙から第四帙まで刊行しており、原本に触れずに研究できる環境が整えられたこと自体、本書が経学・書誌学の基礎資料と位置づけられている証左である。
第三に、金沢文庫旧蔵という伝来の確かさである。金沢文庫は13世紀後半、北条一門の実時が武蔵国金沢(現在の横浜市金沢区)に設けた書庫で、仏典とともに漢籍の外典を多く備え、鎌倉武家社会の学問を支えた。幕府滅亡後に蔵書は散逸し、その印を捺した書物は各地の寺院や大名家、個人の手を転々とすることになる。本書の蔵書印は、刊行から1世紀半ほどのうちに大部の漢籍注釈書が鎌倉にもたらされ、読まれていたことを示す物証でもある。
見どころ
宋版の魅力は、まず版面にある。版下を書く能書家の筆勢が、彫師の刀を経てなお紙面に生きている。大字の経目と小字の疏文が織りなす紙面の階層は、孔穎達の議論の構造をそのまま視覚化したものといってよい。後世の覆刻本と見比べると、初刻の線の張りの違いがよくわかる。
蔵書印にも目を留めたい。朱の金沢文庫印は、南宋の工房と鎌倉の書庫とを結ぶ唯一の糸である。2023年秋の特別展示会で実見した観覧者の記録には、印影の存在感への言及がある。
ただし原本の公開機会は限られる。杏雨書屋は春秋に特別展示会を開くが、国宝の原本が出陳されるのは稀で、常設では精巧な複製が用いられることが多い。直近では2023年10月28日から12月1日の第77回特別展示会「杏雨書屋の善本漢籍―恭仁山荘本を中心に―」で公開された。実物を見たい場合は、財団サイトの展示情報を継続的に確認するのが確実である。前述の影印本は主要な研究図書館で閲覧でき、紙面の細部まで再現されている。
周辺情報
杏雨書屋の立地そのものが、ひとつの文化財的景観の中にある。道修町は江戸期に薬種仲買仲間が全国の薬の流通を握った町で、武田・塩野義をはじめとする製薬企業が今も拠点を置く。書屋の収集方針が本草・医薬書に重心を置くのは、この土地の歴史と地続きである。
徒歩2分ほどの少彦名神社は、日本の薬祖神少彦名命と中国の神農氏を併せ祀り、「神農さん」の名で親しまれる。11月22・23日の神農祭は大阪の一年を締めくくる祭として知られ、文政5年(1822年)のコレラ流行時に薬とともに配られた張子の虎が今も授与品に残る。境内のくすりの道修町資料館では、薬の町400年の歩みを無料で学べる。
交通の便もよい。堺筋線・京阪線の北浜駅から徒歩数分、御堂筋線淀屋橋駅からも歩ける。北浜には大阪証券取引所の赤煉瓦をはじめ近代建築が点在し、中之島へ渡れば東洋陶磁美術館や中之島図書館が続く。書物と薬と商都の近代をめぐる半日散歩の起点として、道修町は申し分ない。
Q&A
- 国宝の毛詩正義はいつでも見られますか。
- 原本の公開は特別展示会など限られた機会のみです。常設展示では複製が用いられることが多いため、訪問前に武田科学振興財団のサイトで杏雨書屋の展示情報を確認してください。
- 杏雨書屋は誰でも入れますか。
- 展示期間中の展示室は一般に公開されますが、開館は原則平日です。蔵書の閲覧は研究目的が中心で、所定の手続きが必要な場合があります。開館日カレンダーを事前に確認することをおすすめします。
- 「金沢文庫本」とありますが、横浜の金沢文庫で見られるのですか。
- 見られません。「金沢文庫本」は中世の金沢文庫旧蔵であることを示す呼称で、本書自体は大阪の杏雨書屋が所蔵しています。横浜の神奈川県立金沢文庫は同文庫の伝統を継ぐ博物館ですが、本書の所在地ではありません。
- 単疏本とは何ですか。
- 経文や古注を含めず、唐代に編纂された疏(正義)の部分だけを単独で刊行した形態です。後に注と疏を合わせた注疏本が普及すると姿を消したため現存例が少なく、本書は毛詩正義の単疏本としてほぼ唯一のまとまった伝本とされています。
- 内容を読んでみたい場合はどうすればよいですか。
- 杏雨書屋が2011〜2013年に刊行した影印本(第一帙〜第四帙)が主要な大学図書館等に所蔵されています。テキストとしての毛詩正義は十三経注疏の各種刊本や電子テキストでも読むことができます。
基本情報
| 名称 | 宋版毛詩正義〈紹興九年刊/(金沢文庫本)〉(そうはんもうしせいぎ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(書跡・典籍) 昭和26年(1951年)6月9日指定 指定番号00050 |
| 員数 | 17冊 |
| 時代 | 中国・南宋 紹興9年(1139年)刊 |
| 所有者 | 公益財団法人武田科学振興財団 |
| 保管場所 | 杏雨書屋(大阪市中央区道修町2-3-6) |
| アクセス | Osaka Metro堺筋線・京阪本線「北浜」駅、御堂筋線「淀屋橋」駅から徒歩圏 |
| 公開状況 | 原本の公開は特別展示会等の限られた機会のみ。展示室の開館は原則平日 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)宋版毛詩正義
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/593
- 文化遺産オンライン 宋版毛詩正義〈紹興九年刊/(金沢文庫本)〉
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148678
- 杏雨書屋(武田科学振興財団)
- https://www.takeda-sci.or.jp/kyou/
- WANDER国宝 宋版毛詩正義(紹興九年刊・金沢文庫本)
- https://wanderkokuho.com/201-00593/
最終更新日: 2026.06.10