玉手橋とは:石川に架かる5径間の吊橋

玉手橋は、大阪府柏原市石川町・玉手町から藤井寺市道明寺にかけて石川に架かる昭和3年(1928年)の吊橋で、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財に登録された。

文化庁の記録によると、鉄筋コンクリート造の主塔と鉄製トラスの補剛桁をもつ5径間の吊橋で、橋長151メートル、幅員3.3メートル。所有者は柏原市である。

柏原市によると、玉手橋は大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線などを運営していた会社)が道明寺駅から玉手山遊園地への経路を整えた際、途中を遮る石川に架けた橋である。建設年は昭和3年とされるが、昭和4年(1929年)とする説もある。

登録の理由:遊園地への入口を意識した意匠

玉手橋の登録番号は27-0143、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、補剛桁をハウトラス、下部構造を鉄筋コンクリート造とし、隣り合う主塔を開腹アーチで結び、主塔の頭部にケーブルの定着を兼ねたバトルメント(胸壁風の飾り)を設けた構成を挙げ、地域のランドマークとして広く親しまれていると評価している。

柏原市は、遊園地の入口を意識した中世ヨーロッパ風の城を思わせる4組の白い塔に、赤い欄干が映えると紹介している。両岸と4組の塔で支える5径間の吊橋は、日本で最も径間の多い吊橋だとも説明している。

橋は昭和28年(1953年)に近鉄から移管された。玉手山遊園地は平成10年(1998年)に閉園したが、橋はいまも近隣住民の通勤・通学路として使われている。

見どころ:城を思わせる白い主塔

玉手橋を河原や岸から眺めると、4組の白い主塔が川の上に等間隔に並ぶ。主塔どうしを結ぶ開腹アーチと、頭部のバトルメントが、城門のような表情をつくっている。

橋を渡りながら、赤い欄干とハウトラスの補剛桁を足もとで確かめたい。遊園地へ向かう行楽客のために架けられた橋が、閉園後は生活の橋として使われ続けていることも、この橋の見方の一つになる。

玉手橋の見学方法

玉手橋は歩行者が渡れる橋で、見学に料金はかからない。生活道路として使われているので、立ち止まって眺めるときは通行する人の妨げにならないようにしたい。

柏原市によると、橋はもともと近鉄道明寺駅から玉手山遊園地へ向かう道筋に架けられた。問い合わせ先は柏原市文化財課(072-976-3430)である。

Q&A

Q玉手橋とは何ですか?
A大阪府柏原市と藤井寺市の間で石川に架かる昭和3年(1928年)の吊橋で、橋長151メートル、幅員3.3メートルです。平成13年(2001年)に登録有形文化財に登録されました。
Q玉手橋は何のために造られましたか?
A大阪鉄道が道明寺駅から玉手山遊園地への経路を整えた際、途中の石川に架けました。
Q玉手橋の特徴は?
A4組の白い主塔で支える5径間の吊橋で、主塔を開腹アーチで結び、頭部にバトルメントを設けています。柏原市は日本で最も径間の多い吊橋と説明しています。
Q玉手橋は今も渡れますか?
A渡れます。玉手山遊園地は平成10年(1998年)に閉園しましたが、橋は近隣住民の通勤・通学路として使われています。
Q玉手橋はいつ建てられましたか?
A昭和3年(1928年)とされますが、昭和4年(1929年)とする説もあります。

基本情報

名称玉手橋(たまてばし)
所在地大阪府柏原市石川町・玉手町~藤井寺市道明寺3
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成13年(2001年)10月12日登録
員数1基
寸法鉄筋コンクリート造主塔、鉄製トラス補剛桁5径間吊橋、橋長151メートル、幅員3.3メートル
所有者柏原市
公開状況歩行者が渡れる橋。見学無料

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「玉手橋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002418
文化遺産オンライン「玉手橋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/138188
柏原市「玉手橋」
https://www.city.kashiwara.lg.jp/docs/2014082300093/

最終更新日: 2026.09.27