天理教北阪分教会とは

天理教北阪分教会は、大阪府柏原市片山町にある天理教の教会で、昭和14年(1939年)頃に建てられた教職舎・離れ・倉庫・欄干の4件が平成17年(2005年)に登録有形文化財となった。

読みは「てんりきょうきたさかぶんきょうかい」。敷地の建物はもともと個人の住宅として建てられたもので、文化庁の解説は教職舎を「もと個人住宅」と記し、柏原市の解説も昭和14年頃に個人住宅として建築されたと述べている。

住宅がいつ、どのような経緯で天理教の教会として使われるようになったのかは、公開されている一次資料からは確かめられない。

4件の登録と共通する壁の工法

天理教北阪分教会の4件は、いずれも平成17年(2005年)7月12日に登録有形文化財として登録され、同年8月2日に告示された。登録番号は27-0317から27-0320までの連番で、教職舎、離れ、倉庫、欄干の順に並ぶ。4件とも登録基準は「再現することが容易でないもの」である。

この基準の根拠になっているのが壁の造り方だ。文化庁の解説によると、4件はどれも「モーラ式構成網」という特殊な金網を用いたコンクリート造の壁体をもつ。教職舎の解説はこの工法を類例をみないものとし、欄干の解説も教職舎などと同じ類例の見られない工法だと書いている。

台帳上の構造は、教職舎・離れ・倉庫が木造、欄干がコンクリート造である。

意匠にも共通点がある。和風の屋根に洋風の細部を組み合わせる手法で、教職舎のコーニス、離れの窓下の洋風高欄風の飾り、倉庫の出入口に付くコリント式の柱頭飾がその例になる。教職舎と倉庫はどちらも緑釉瓦で屋根を葺いている。

天理教北阪分教会の敷地と建物の配置

敷地の中心に建つのは教職舎である。2階建の上に望楼を載せた木造3階建で、屋上に八角形の塔屋をあげる。柏原市の解説は、この白い八角塔が周りの家並みから頭をのぞかせていると紹介している。

文化庁の解説によれば、倉庫は教職舎の西側に建ち、欄干は敷地南側のアプローチに沿って延びている。離れの位置は公開資料に記載がない。

規模は教職舎が建築面積306平方メートルでもっとも大きく、離れが106平方メートル、倉庫が104平方メートル、欄干は延長13メートルである。

天理教北阪分教会の名称と表記

名称の「北阪」は「きたさか」と読み、英語では Tenrikyo Kitasaka Branch Church と表記する。

文化庁のデータベースでは4件が別々の登録として扱われ、「天理教北阪分教会教職舎」のように教会名と建物名をつないだ名称で載る。これに対して柏原市の文化財一覧は、4件を「天理教北阪分教会」の1項目にまとめて掲げ、員数を「教職舎1棟、離れ1棟、倉庫1棟、欄干1所」としている。所有者は柏原市の一覧で「個人」とされる。

天理教北阪分教会の見学とアクセス

天理教北阪分教会は一般公開されていない。柏原市の文化財ページにもその旨の注記がある。敷地は私有地で立ち入りはできず、見学は周囲の公道から外観を眺める範囲に限られる。

写真を撮る場合も公道からにとどめ、住宅地であることに配慮したい。

最寄り駅は近鉄大阪線の河内国分駅で、天理教北阪分教会は駅の北西、直線でおよそ300メートルの住宅地にある。文化財としての情報は柏原市教育委員会の文化財課(電話072-976-3430)が公開している。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁): 天理教北阪分教会教職舎
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004784
国指定文化財等データベース(文化庁): 天理教北阪分教会離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004785
国指定文化財等データベース(文化庁): 天理教北阪分教会倉庫
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004786
国指定文化財等データベース(文化庁): 天理教北阪分教会欄干
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004787
柏原市: 天理教北阪分教会(文化財課)
https://www.city.kashiwara.lg.jp/docs/2014082300116/
柏原市: 柏原市の文化財
https://www.city.kashiwara.lg.jp/docs/2014081900096/

最終更新日: 2026.09.16

基本情報

名称天理教北阪分教会
所在地大阪府柏原市片山町1-19
所有者個人
指定登録有形文化財 4件
座標34.56845, 135.63256