米を洗うための建物
今里酒造洗い場は、長崎県東彼杵郡波佐見町宿郷にある昭和初期の木造平屋建の建物で、平成18年(2006年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
酒造りは水から始まる。米を蒸す前には洗米と浸漬の工程があり、この浸漬時間の管理が米の吸水量を決め、そこから先の仕込み全体を左右する。洗い場はその工程を受け持った建物である。名称がそのまま用途を示している。
建つ位置は本蔵と中蔵の北方。敷地内で最も古い二棟の妻面に対し、東西に棟を通している。国指定文化財等データベースによれば、桁行11間、梁間4間の規模で、建築面積は266平方メートル。切妻造の平屋建で、屋根は鉄板葺。隣接する江戸期の蔵が瓦葺であるのとは異なる。
単純な箱ではない。西端からは試験室が張り出し、南面からは下屋が伸びて本蔵と中蔵の北面に取り付く。独立した建物として設計されたのではなく、18世紀から増築を重ねてきた酒造場のなかに、後から組み込まれた一棟だということが平面からわかる。
キングポストトラスが入った意味
この建物で最も雄弁なのは、道からは見えない小屋組である。洗い場の小屋組はキングポストトラス、すなわち真束小屋組で構成されている。棟から垂下する真束が引張材として下の陸梁を吊り、斜材がこれを補剛する洋式の構法だ。
隣り合う江戸期の蔵と比べると差が際立つ。本蔵は2間ごとに二重梁を架け、その間に登り梁を入れる。中蔵は二重梁と登り梁を交互に用いる。どちらも和小屋であり、荷重は積み重ねられた横材を伝って下へ降りていく。トラスは原理が違う。剛な三角形のなかで荷重を引張と圧縮に分解するため、少ない材でより大きな支間を飛ばせ、内部に柱を立てずに済む。
日本の大工がトラス構法を吸収したのは明治期で、官庁営繕や翻訳された技術書がその経路になった。昭和初期には地方の産業建築にまで及んでいる。今里酒造の敷地でそれが見て取れるのが洗い場であり、隣接する蔵とは明らかに構法上の世代が違う。
棟には煙出しが載る。蒸気や煙を抜くために屋根の上へ立ち上げる小屋根状の装置で、蒸米の工程を扱う建物には欠かせない。
西端の試験室も同じ方向を指している。醪の酸度や糖度、アルコール分を測りながら酒質を管理する手法は、明治から大正にかけて日本の酒造業に浸透した。それを建物の一部として設けているということは、洗い場が建てられた時点で今里酒造にその体制があったことを示す。ただし一次資料は室の存在を記すのみで、内部の設備には触れていない。何が据えられていたかは記録として残っていない。
登録番号は42-0054。登録年月日は平成18年3月2日、告示は同月23日で、第49回の登録にあたる。適用された登録基準は、国土の歴史的景観に寄与しているもの、という条項である。登録は指定とは別の制度で、平成8年(1996年)に始まり、築後およそ50年を経て地域の景観を形づくる建物を幅広く対象とし、所有者が使い続けられるよう規制を緩やかに設計している。この日、今里酒造からは6棟がまとめて登録された。
宿郷を訪ねる
今里酒造の創業は明和9年(1772年)。屋号は上酒屋、銘柄は「六十餘洲」で、かつて日本が六十余りの国に分かれていたことにちなむ。会社は今もこの敷地にあり、洗い場は展示物ではなく現役の建物である。常設の内部見学も受付もない。
敷地が開放されるのは年に一度、4月中旬の蔵開きの週末である。2026年は4月18日と19日、両日とも10時から15時、入場無料で行われた。限定酒の販売、無料試飲、フードコーナーがあり、JR川棚駅からは無料シャトルバスが出る。開催日は4月のなかで年ごとに動くため、蔵元の告知ページで確認するとよい。車での来場者の飲酒は断られる。
蔵開きの時期以外は、宿郷の旧街道側と川棚川側から建物群を眺めることになる。洗い場は大きな蔵二棟の背後にあたるため、新蔵や店舗ほど街道に露出していない。目印になるのは鉄板葺の屋根と、棟の上に立つ煙出しである。公道からの外観撮影に制限はない。
波佐見町には鉄道駅がない。JR大村線の川棚駅からは、令和7年(2025年)4月に西肥バスの路線を引き継いだ「かわたな・はさみタウンバス」が町内に入る。JR佐世保線の有田駅からはタクシーで約10分、有田・波佐見間には予約制の乗合タクシーが1日8便ある。福岡・長崎・佐世保方面からの高速バスは波佐見有田インターに停車する。
宿郷は上波佐見村往還道の宿場で、町並みは平成16年(2004年)に波佐見町のまちづくり景観資産となった。明治12年(1879年)の大火では今里酒造が類焼を免れており、洗い場が寄りかかる江戸期の蔵が残っているのはそのためである。町全体としては四百年続く波佐見焼の産地として知られ、中尾山、やきもの公園、波佐見町歴史文化交流館はいずれも車ですぐの距離にある。
問い合わせは今里酒造株式会社(0956-85-2002)へ。
Q&A
- 今里酒造洗い場は何に使われていた建物ですか。
- 名称のとおり洗米と浸漬の工程を担う建物です。西端には試験室が張り出しており、酒質の分析もこの建物で行われていたことがうかがえます。棟には蒸気や煙を抜くための煙出しが設けられています。
- 今里酒造洗い場の小屋組にはどんな特徴がありますか。
- 洋式のキングポストトラス(真束小屋組)が用いられています。隣接する江戸期の本蔵・中蔵が和小屋であるのに対し、洗い場は剛な三角形のなかで荷重を引張と圧縮に分解する構法をとっており、内部に柱を立てずに広い支間を飛ばせます。昭和初期に洋式構法が地方の産業建築へ及んでいたことを示す部分です。
- 今里酒造洗い場は見学できますか。
- 常設の見学はありません。稼働中の酒造場の一棟であり、内部公開は行われていません。敷地が開放されるのは毎年4月中旬の蔵開きの週末です。それ以外の時期は今里酒造株式会社(0956-85-2002)へ問い合わせてください。
- 今里酒造洗い場はいつ、どの区分で登録されたのですか。
- 平成18年(2006年)3月2日に登録有形文化財(建造物)として登録され、告示は同年3月23日、登録番号は42-0054です。国宝や重要文化財の指定とは別の、より規制の緩やかな区分にあたります。
- 今里酒造洗い場は敷地内の他の登録建物とどういう関係にありますか。
- 同日に登録されたのは店舗及び住宅、本蔵、中蔵、製品置場、新蔵、洗い場の6棟です。洗い場は本蔵と中蔵の北方に位置し、南面から架ける下屋によって両蔵と物理的につながっています。新蔵とともに、6棟のうち昭和初期に加えられた2棟にあたります。
基本情報
| 名称 | 今里酒造洗い場(いまざとしゅぞうあらいば) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県東彼杵郡波佐見町宿郷596 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 42-0054/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 指定年 | 登録 平成18年(2006年)3月2日/告示 同年3月23日(第49回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、鉄板葺、建築面積266平方メートル/桁行11間、梁間4間 |
| 所有者 | 国指定文化財等データベースに記載なし(今里酒造株式会社の酒造場内に所在) |
| 公開状況 | 外観は周辺道路から見学可/敷地は毎年4月中旬の蔵開き期間に開放/常設の内部公開なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 今里酒造洗い場
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005386
- 長崎県文化財データベース — 今里酒造(店舗及び住宅、本蔵、中蔵、新蔵、洗い場、製品置場)
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/419
- 波佐見町 — 国登録有形文化財
- https://www.town.hasami.lg.jp/kiji0031441/index.html
- 今里酒造株式会社 — 蔵news
- https://rokujuyoshu.com/notice/
- 波佐見町 — 交通アクセス
- https://www.town.hasami.lg.jp/kiji0032011/index.html
最終更新日: 2026.08.20