江戸後期の門が、明治に沼影へ移された

細淵家住宅長屋門は、埼玉県さいたま市南区沼影にある江戸後期建築の木造平屋建の門で、明治期に現在地へ移築され、平成18年(2006年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

長屋門は、門口と居室を一棟にまとめた形式の門である。棟の一部を通路として開け、残りを部屋として使う。番人や使用人の詰所、あるいは納屋として機能した。武家の屋敷構えに由来する形式が、近世後期には在方の上層農家にも及んだ。

建築面積は30平方メートル。屋敷の東辺に南北棟で建ち、切妻造、桟瓦葺。南半を門口とし、北半を部屋とする。さいたま市はこの部屋を番所と記す。

文化庁の記録は、造営を宝暦から文政の頃、すなわち1751年から1829年の間に置き、移築を明治期(1868年から1911年)とする。背後に建つ主屋の竣工は大正15年(1926年)であるから、門は主屋よりおよそ一世紀古い。屋敷内で最も古い建物が、最も遅れて敷地に入ったことになる。

岩槻城からという伝承の確度

細淵家には、この門が岩槻城から移されたものだという伝えがある。この種の来歴伝承は各地の古建築に付随し、通常は慎重に扱われる。ところが本件について、文化庁は記録の中で「信頼性が高い」と踏み込んだ判断を示している。根拠として挙げられているのは、形式と細部である。

細部とは、具体的には金物を指す。門は欅材を用い、扉には乳金具が並び、八双金具も多い。乳金具は扉板を補強しつつ意匠として並ぶ饅頭型の鋲、八双金具は肘壺まわりを覆う飾り金具である。この密度の金具は費用がかかるうえ、格式による制約も受けた。在方の農家の門が備えるものではない。文化庁の解説は、この門に武家門の重厚感を認めている。

岩槻はさいたま市の北東部、旧岩槻藩の城下町である。岩槻城は明治4年(1871年)に廃城となった。文化庁の示す移築の時期は明治期であり、この廃城処分の時期と重なる。城内の建物が各所へ散った時期でもあった。現に岩槻城址公園に立つ黒門は、三の丸藩主居宅の長屋門であった可能性が高いとされ、廃城後は浦和へ移されて埼玉県庁の正門などに転用され、昭和29年(1954年)に岩槻市へ払い下げられたのち、昭和45年(1970年)に現在地へ移された。

これらは沼影の門の出自を証明するものではない。ただ、伝承が時代とも地域とも矛盾せず、材と細部の所見にも支えられているという点で、通常の家伝よりは強い位置にある。

公道から読み取れるもの

細淵家の屋敷で実際に目に入るのは、この門である。公道に正対して建ち、背後の主屋は塀の上に屋根を覗かせるにとどまる。

まず門口の軒を見たい。出桁造である。桁を壁面より前へ突き出した腕木で受ける構法で、軒の出が深くなり、門の正面に濃い影ができる。その下、開口の中央に扉を吊る。北端には潜戸が設けられている。日常の出入りは扉を開けずにこの潜戸で済ませた。さいたま市の説明はもう一点を加える。門構えの部分が建物の面より内側へ入り込む「立ち隠れ」を備えるという。

公開は外観のみである。門内の部屋にも敷地にも立ち入ることはできず、拝観時間も拝観料もない。さいたま市は、見学にあたって所有者や近隣、ほかの見学者に迷惑をかけないよう求めている。公道からの撮影を禁じる定めはないが、レンズを向けてよいのは建築であって、その奥の生活ではない。

武蔵浦和駅の東口から徒歩三分ほど。新宿から埼京線で25分程度、武蔵野線も停車する。

岩槻とのつながりに関心が向いたなら、次に行くべきは岩槻区の岩槻城址公園である。黒門と裏門がいずれも屋外に建ち、間近まで歩み寄れる。東武アーバンパークライン岩槻駅から徒歩圏。内部まで入れる古建築を見たい場合は、緑区の浦和くらしの博物館民家園に移築復原された七棟があり、江戸後期の表門も含まれる。入館無料、9時から16時30分、月曜休館。

Q&A

Q細淵家住宅長屋門は見学できますか。
A外観のみ見学できます。現住の私邸に付属する門であり、門内の部屋も屋敷内も立ち入ることはできません。申込制度や特別公開の設定もないため、公道からの見学にとどめてください。
Q細淵家住宅長屋門は本当に岩槻城から移築されたのですか。
A移築の記録が残っているわけではなく、細淵家に伝わる伝承です。ただし文化庁は、門の形式と細部、とりわけ武家門に特徴的な金具の扱いから、この伝承の信頼性は高いと判断しています。移築時期は明治期とされ、岩槻城が廃城となった明治4年(1871年)と重なります。
Q細淵家住宅長屋門はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁は造営を江戸後期、1751年から1829年の間とし、沼影への移築を1868年から1911年の間としています。登録年月日は平成18年(2006年)3月2日、登録番号は11-0093、官報告示は同年3月23日です。
Q長屋門とはどのような建物で、細淵家住宅長屋門はどう造られていますか。
A長屋門は、門口と居室を一棟に納めた形式の門です。細淵家住宅長屋門では南北棟の南半が門口、北半が部屋にあたり、門口は出桁造、開口の中央に扉を吊り、北端に潜戸を設けています。構造は木造平屋建、切妻造、桟瓦葺で、建築面積は30平方メートルです。
Q細淵家住宅長屋門への行き方と、あわせて回れる場所を教えてください。
A所在地は埼玉県さいたま市南区沼影1-17-8、JR埼京線・武蔵野線の武蔵浦和駅東口から徒歩三分ほどです。同日登録の細淵家住宅主屋が背後に見えます。岩槻とのつながりをたどるなら、黒門と裏門が屋外に建つ岩槻城址公園が続きに向きます。

基本データ

名称細淵家住宅長屋門(ほそぶちけじゅうたくながやもん)
所在地埼玉県さいたま市南区沼影1-17-8
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号11-0093 第49回登録 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年登録年月日 平成18年(2006年)3月2日 登録告示 同年3月23日
員数1棟
寸法建築面積30平方メートル 木造平屋建、瓦葺
所有者個人
公開状況外観のみ。門内および敷地内の見学は不可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 細淵家住宅長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005255
文化遺産オンライン 細淵家住宅長屋門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185163
さいたま市 文化財紹介 細淵家住宅長屋門
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/016/p002493.html
さいたま市 文化財紹介 細淵家住宅主屋
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/016/p002492.html
さいたま市 文化財紹介 岩槻城城門(黒門)
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/017/010/003/p002177.html

最終更新日: 2026.08.10