安政六年頃の大型農家
加藤家住宅主屋は、埼玉県さいたま市岩槻区大字古ヶ場にある江戸時代末期の農家建築で、安政6年(1859年)頃の建設と推定され、平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財に登録された。
敷地の中央に南面して建つ。桁行十一間半、梁間七間半。一間を約1.82メートルとして換算すれば間口およそ21メートル、奥行およそ13.6メートルになる。建築面積は185平方メートル、木造2階建である。
屋根は寄棟造で、葺材は瓦ではなく銅板。さいたま市および埼玉県の資料はこれを瓦形銅板葺と記す。瓦の形に成形した銅板を用いる仕様で、遠目には瓦屋根と変わらないが、近づけば継ぎ目の直線と、経年で沈んだ緑青の色が金属であることを示す。文化庁の国指定文化財等データベースは構造欄を「木造2階建、銅板葺、建築面積185㎡」とし、瓦形の語は用いていない。
内部は東半を土間とし、床上部は三室二列の六室構成をとる。座敷には平書院が付く。農作業の場である土間を大きく確保しながら、接客の座敷には書院を備えるという構えは、この家の性格を端的に示している。加藤家は古ヶ場村の組頭を務めた旧家とされ、村落内での地位が座敷の格に反映されている。
登録有形文化財という制度と、この建物の位置
登録有形文化財は、重要文化財や国宝の「指定」とは別の制度である。平成8年(1996年)に導入された登録制度は、原則として建設後50年を経過した建造物を対象とし、所有者の意向を踏まえて登録する。改変に対する規制は指定に比べてゆるやかで、所有者が使い続けながら維持することを前提としている。加藤家住宅主屋は登録有形文化財であって、重要文化財ではない。
登録基準は三つある。本件が該当したのは第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。国の文化審議会が平成29年7月21日の文化財分科会で答申し、同年10月に官報告示を経て登録された。登録番号は第11-171号、第88回の登録にあたる。
評価の要点は希少性にある。さいたま市は人口130万を超える政令指定都市であり、市街化の進行にともなって近世の民家は急速に姿を消した。幕末に建てられた大規模農家が原位置に残る例は、いまや市内でわずかである。埼玉県の登録時の説明も、市内に残る近世住宅として貴重であるという点を挙げている。
建物は一貫して同じ姿を保ってきたわけではない。明治12年(1879年)に増築があり、昭和59年および同61年頃には改修が加えられている。使い続けられた痕跡を含めて評価するのが登録制度の考え方であり、これらの改変は登録の妨げにならなかった。
仏間を囲む格子戸
この住宅で最も注目されてきたのは、土間沿いのブツマに残る格子戸である。四周にわたって建て込まれており、打ちこわしに備えたものと伝わる。
打ちこわしは、米価騰貴などを契機に、困窮した人々が富裕層や質屋・米商の家屋を破壊した集団行動をさす。幕末の関東各地で頻発し、家財が路上に投げ出され、建具が叩き壊された。村方三役を務めるような家は、当然その対象になりうる。
格子は、板戸のように視界を遮らず、しかし人ひとりが押し通れるだけの開口は与えない。仏壇を置く一室を格子で囲うという選択には、家財の中でも動かせないもの、あるいは動かしてはならないものを守るという判断が働いていたのだろう。もっとも、これが実際に用をなした場面があったかどうかは記録されていない。文化庁も埼玉県も「備えて建て込まれたと伝わる」という書き方を崩しておらず、伝承としての確度をそのまま示している。
訪問について、あらかじめ断っておくべきことがある。本件は個人所有ではなく一般社団法人おかしらが所有者としてさいたま市に記録されているが、いずれにせよ公開施設ではない。さいたま市は「外観のみの公開」と明記し、建物内部や敷地内での見学はできないとしている。格子戸も平書院も土間も、外からは見えない。見学できるのは公道からの外観に限られる。
最寄り駅は東武アーバンパークライン(東武野田線)の岩槻駅で、古ヶ場はそこから北へおよそ4キロ。路線バスの便は限られるため、駅からタクシーを使うのが現実的である。来訪者用の駐車場はない。撮影も公道からに限られる。さいたま市は、所有者や近隣住民、他の見学者の迷惑にならないよう求めている。
岩槻を目的地とするなら、公開されている施設と組み合わせるとよい。岩槻は江戸時代以来の人形産地であり、駅近くのさいたま市岩槻人形博物館がその歴史をまとめて見せる。さいたま市立岩槻郷土資料館は昭和5年(1930年)建設の旧岩槻警察署庁舎を転用したもので、この建物自体も登録有形文化財である。岩槻城址公園は桜の名所として知られる。加藤家住宅主屋に関する問い合わせ先は、さいたま市教育委員会文化財保護課(048-829-1723)。
Q&A
- 加藤家住宅主屋の内部は見学できますか。
- できません。さいたま市は「外観のみの公開」としており、建物内部および敷地内での見学は認められていません。公開施設ではないため、見学は公道からの外観に限られます。
- 加藤家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
- 安政6年(1859年)頃の建設と推定されます。さいたま市は建設年の詳細は不明とし、安政年間の建設と推定しています。明治12年(1879年)に増築、昭和59年・同61年頃に改修。登録有形文化財としての登録年月日は平成29年(2017年)10月27日です。
- 加藤家住宅主屋は重要文化財ですか。
- 重要文化財ではありません。国の登録有形文化財(建造物)です。登録は指定とは別の制度で、建設後50年以上を経た建造物を対象とし、改変に対する規制は指定より緩やかです。両者を混同しないよう注意が必要です。
- 加藤家住宅主屋への公共交通機関でのアクセスは。
- 最寄り駅は東武アーバンパークライン(東武野田線)岩槻駅です。古ヶ場は駅から北へ約4キロで、路線バスの便が限られるため、駅からタクシーを利用するのが現実的です。来訪者用の駐車場はありません。
- 加藤家住宅主屋のブツマにある格子戸は何のためのものですか。
- 仏壇を置く一室の四周に建て込まれた格子戸で、幕末の打ちこわしに備えたものと伝わります。実際に使われた記録はなく、文化庁および埼玉県の説明も「伝わる」という表現にとどめています。
- 加藤家住宅主屋の建築面積と構造を教えてください。
- 木造2階建、寄棟造、銅板葺(さいたま市・埼玉県は瓦形銅板葺と記載)で、建築面積は185平方メートルです。桁行十一間半、梁間七間半。内部は東半が土間、床上部は三室二列の六室構成です。
基本情報
| 名称 | 加藤家住宅主屋(かとうけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県さいたま市岩槻区大字古ヶ場字白水68 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 第11-171号 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)10月27日登録(第88回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、銅板葺、建築面積185平方メートル。桁行十一間半、梁間七間半、寄棟造 |
| 所有者 | 一般社団法人おかしら(さいたま市の記載による) |
| 公開状況 | 外観のみ公開。建物内部・敷地内の見学は不可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「加藤家住宅主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011875
- 文化遺産オンライン「加藤家住宅主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/256745
- さいたま市「文化財紹介 加藤家住宅主屋」
- https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/016/p0487934.html
- さいたま市「国登録有形文化財」
- https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/016/index.html
最終更新日: 2026.08.09