蔵造りの町にドリス式列柱が立つ
川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)は、埼玉県川越市仲町にある鉄筋コンクリート造の旧銀行建築で、文化庁は年代を昭和3年(1928年)とし、平成10年(1998年)10月9日に国の登録有形文化財に登録された。
川越の市街は蔵造りで知られる。一番街には黒漆喰の重厚な店蔵が軒を連ね、時の鐘が立つ。そこから南へ数分下ると、街並みの性格が急に変わる。交差点の角地に、二面にわたって列柱をめぐらせた灰色の古典主義建築が現れる。柱はギリシャ建築のドリス式。柱礎を持たず、上へゆくほど細り、柱頭は簡素な皿状にまとめられる。柱径は約1メートルある。
全体の意匠は、文化庁の解説文がルネッサンス・リバイバル様式と記す。1920年代の日本の銀行建築が古典主義の語彙を好んだ理由は明快で、堅牢さと永続性の視覚的な保証が求められたからである。構造は鉄筋コンクリート造、地下1階地上2階建、建築面積566平方メートル。
目を留めるべきは交差点側の出入口である。バロック風の装飾が施され、隣接するドリス式の禁欲的な列柱とは異なる、肉づきのある造形をみせる。扉口の上にはメダリオンが置かれる。ヨーロッパのアカデミックな設計であれば、ドリス式の柱列にバロックの扉口を差し込むのは様式の混淆として咎められただろう。ここでは、二つの通りが交わる地点を強調する意図的な操作として働いている。
武州銀行、前田健二郎、そして登録基準二
武州銀行は県政の産物である。大正期の埼玉県には銀行の本支店が百以上散在し、いずれも小規模で相互の連絡を欠いていた。県内金融の中核となる銀行を作るという構想が県知事の主導で打ち出され、大正7年(1918年)11月に浦和で創立総会が開かれ、翌年1月に営業を開始した。初代頭取は渋沢栄一の甥である尾高次郎。大正9年の粕壁銀行を皮切りに県内各行の合併を重ねて拡大し、昭和18年(1943年)7月、戦時統制下で第八十五銀行・忍商業銀行・飯能銀行と合併して埼玉銀行となる。武州銀行の名はそこで消え、後身は現在の埼玉りそな銀行へ連なる。
川越支店の設計は前田健二郎(1892〜1975)。東京美術学校を卒業し、逓信省を経て第一銀行建築掛技師をつとめ、大正13年(1924年)に独立して自らの事務所を開いた。数々の設計競技に入選し「コンペの前健さん」と呼ばれた一方、実施に至った案は多くない。川越商工会議所は、前田の手がけた建築として武州銀行浦和支店、高島屋日本橋店、京都市立美術館などを挙げている。
登録基準は第二の「造形の規範となっているもの」。この点は見落とされやすい。登録有形文化財の大半は第一基準の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されており、第二基準は建築そのものの造形的水準に対する評価である。登録番号は第11-0007号。埼玉県内で七番目の登録物件にあたり、平成8年(1996年)に始まった登録制度のごく初期の事例である。
なお登録は指定と異なる制度である。登録有形文化財は重要文化財ではない。規制がゆるやかであることは、この建物が博物館の展示物ではなく現役の事務所として使われ続けている事実と直結している。
現役の事務所としての文化財
川越商工会議所がこの建物を譲り受けたのは昭和45年(1970年)、創立70周年の年である。以来半世紀以上、事務所として使い続けている。大規模な改修が行われないまま今日に至っており、会頭室、大小の会議室、階段などが竣工当時に近い状態で残る。川越市が運営するロケーションライブラリにこの建物が収録されているのも、その保存状態を前提としている。
訪問にあたっては、性格を理解しておく必要がある。ここは業務施設であり、観光施設ではない。受付窓口や入館料の制度はなく、館内見学の受け入れも行われていない。窓口の営業は平日午前9時から午後5時まで、土日祝は休業。用務のある者は内部に入るが、それ以外は外観を見ることになる。もっとも、この建築の主張は外観に集中している。路上からの撮影に制限はない。
建物は大正浪漫夢通りの角地に立つ。一番街の蔵造りの町並みから南へ延びる商店街で、大正から昭和初期の店舗が並ぶ。西武新宿線本川越駅からは北へ徒歩約10分。JR川越線・東武東上線の川越駅からは小江戸巡回バスが近くに停まるほか、徒歩でも20分程度。東武東上線川越市駅からもほぼ同距離である。
蔵造りの町並みと並べて眺めると、この列柱は1920年代について雄弁になる。川越の商人たちは明治26年(1893年)の川越大火のあと、江戸以来の土蔵造の技術によって防火建築を建て直した。それから三十五年、資本は鉄筋コンクリートとギリシャの柱へ移った。両者は同じ通り沿いに、徒歩数分の距離で並んでいる。そしてどちらも登録有形文化財である。
Q&A
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)の内部は見学できますか。
- 現役の事務所であり、観光施設としての見学受け入れは行われていません。入館料や受付の制度もありません。窓口の営業は平日午前9時から午後5時まで、土日祝は休業です。外観は路上から自由に見学・撮影できます。
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)はいつ建てられましたか。
- 文化庁の国指定文化財等データベースは年代を昭和3年(1928年)と記載しています。一方、川越商工会議所の公式サイトは昭和2年(1927年)12月に武州銀行川越支店として建造されたとしています。数か月の差ですが、公的記録としては文化庁データベースの記載が優先されます。
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)の設計者は誰ですか。
- 前田健二郎(1892〜1975)です。東京美術学校を卒業し、逓信省、第一銀行建築掛を経て大正13年(1924年)に独立しました。川越商工会議所によれば、武州銀行浦和支店、高島屋日本橋店、京都市立美術館なども手がけています。
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)はどのような様式ですか。
- 文化庁の解説文は、外観にドーリス式の列柱を配した重厚な構えとしつつ、全体の意匠をルネッサンス・リバイバル様式としています。交差点側にはバロック風の装飾を付けた出入口が設けられています。構造は鉄筋コンクリート造、地下1階地上2階建です。
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)へのアクセスは。
- 所在地は川越市仲町1-12、大正浪漫夢通りの角地です。西武新宿線本川越駅から徒歩約10分。JR川越線・東武東上線の川越駅からは小江戸巡回バスが近くに停車するほか、徒歩でも20分程度です。
- 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)は重要文化財ですか。
- 重要文化財ではありません。国の登録有形文化財(建造物)で、登録番号は第11-0007号、埼玉県内で七番目の登録物件です。登録は重要文化財・国宝の指定とは別の制度であり、規制がゆるやかなため、現役の事務所として使い続けることが可能になっています。
基本情報
| 名称 | 川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)(かわごえしょうこうかいぎしょ) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県川越市仲町1-12 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 第11-0007号 |
| 指定年 | 平成10年(1998年)10月9日登録、同年10月26日告示(第14回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造、地下1階地上2階建、建築面積566平方メートル。年代は昭和3年(1928年) |
| 所有者 | 川越商工会議所 |
| 公開状況 | 現役の事務所。見学受け入れなし。外観は路上から見学可。窓口営業は平日9時〜17時 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000813
- 文化遺産オンライン「川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/180723
- 川越商工会議所「川越商工会議所の建物について」
- https://www.kawagoe.or.jp/about-the-kawagoe-chamber-of-commerce-and-industry/about-the-building-of-the-kawagoe-chamber-of-commerce-and-industry/
- 川越市 川越ロケーションライブラリ「川越商工会議所」
- https://www.city.kawagoe.saitama.jp/locationlibrary/location/011.html
最終更新日: 2026.08.09