昭和五年、秩父番場町に建った木造二階建

宮前家住宅主屋は、埼玉県秩父市番場町993にある昭和5年(1930年)建築の木造2階建住宅で、平成16年(2004年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。設計は建築家の山田醇(やまだじゅん、1884-1969)。秩父市金崎の生まれで、東京と神戸で住宅設計を手がけた人物である。

敷地は秩父神社へ向かう番場町の通り沿いにあり、主屋は西辺の門をくぐった奥に建つ。石畳の路上から見えるのは屋根の重なりで、これが本作の第一の見どころとなる。

構成を分解すると、中央部が東西棟の切妻造で2階建、その西と東に接する1階部分は南北棟の切妻造。棟の方向を直交させ、なおかつ高さを違えているため、破風が複数の方向に向かって立ち上がる。屋根は瓦葺、建築面積は約140平方メートル。単純な一屋根の家屋に比べ、輪郭線が幾度も折れる。

外観は建具を含めて洋風を基調とする。窓や扉の割付、開口部まわりの処理は洋風住宅の作法に沿い、通りに面した立面は昭和初期の洋館として読める。ところが内部は和風である。文化庁の解説は「和洋が巧みに纏められている」と記す。短い一句だが、両者を並置しただけの折衷住宅が量産された時代にあって、この評価は軽くない。

登録有形文化財という制度と、造形の規範

登録有形文化財は、重要文化財や国宝とは別の制度である。重文・国宝が国による指定であり、現状変更に強い規制と手厚い修理補助を伴うのに対し、登録は平成8年(1996年)に発足した届出制の緩やかな保護制度で、建設後おおむね50年を経た建造物を幅広く対象とする。所有者は日常の使用を自由に続けられ、外観を大きく変える場合などに届出が必要となる。両者は名称が似ているが、法的性格は異なる。

宮前家住宅主屋の登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録番号は11-0061、第40回登録にあたり、登録年月日が平成16年2月17日、官報告示が同年3月4日である。員数は1棟。

基準に照らして評価されたのは、和洋の処理の仕方だろう。大正から昭和初期にかけて、和風の平面に洋風の応接間を一室だけ接ぎ木する住宅は各地に建った。宮前家では洋風の要素を外皮と建具の側に集中させ、室内空間は和風で統一している。接合線が家の中央を横切らず、壁面に沿って走る。設計者が主題として選んだのはこの切り分け方であり、破風を多用した外観構成はその第二の主張にあたる。ひとつの大屋根で覆わず、通りから別々に認識できる単位へ分割したのである。

同じ日付で表門も登録された。登録番号11-0062、主屋と隣接する番号が与えられている。二棟は一体の屋敷構えとして評価されたと考えてよい。

山田醇という設計者と、番場町の町並み

山田醇は明治17年(1884年)、現在の秩父市金崎に生まれた。実家は信用組合を営んでいたという。旧制熊谷中学校、学習院を経て東京帝国大学に進み、明治45年(1912年)に工学部建築学科を卒業。同期には竹腰健造、西村好時、山下寿郎、渡辺仁らがいる。辰野葛西事務所に入り、大正10年(1921年)竣工の第一相互館の設計に加わった。

大正6年(1917年)に神戸で独立、大正11年(1922年)に東京へ移る。以後は住宅作家としての道を進み、和洋折衷住宅を主題に据えた。戦後は子息の病を機に「健康住宅」を研究し、『住宅建築の實際』(昭和7年)、『家の建て方』(昭和10年)、『保健住宅』(昭和14年)など、一般の施主に向けた著作を重ねている。昭和5年の宮前家住宅は、折衷住宅を追究していた中期の作にあたり、しかも自身の郷里に建った作例である。

ここで注意しておきたいのは、この建物が現に人の住む個人の住宅だという点だ。公開はされておらず、拝観時間も拝観料もなく、内部を見学することはできない。門内に立ち入ったり、塀越しに敷地内へレンズを向けたりする行為は避けていただきたい。見学は公道からの外観に限られる。

その公道からの眺めは、しかし十分に濃い。向かいには薗田家住宅が建ち、こちらも主屋と表門が別個に登録されている。同じ通りには昭和2年創業のパリー食堂、角地に立つ小池煙草店といった登録建造物が並び、いずれも建物として現役である。通りの北端が秩父神社、その隣が秩父まつり会館。番場町は建築博物館ではなく、登録された建物が日常の商いを続けている町並みで、宮前家住宅主屋はその一頁にあたる。

交通は秩父鉄道秩父駅から徒歩4分ほど、西武秩父線御花畑駅からは7分ほど。撮影は公道上からであれば通常問題にならないが、居住者を写さないこと、脚立やドローンを用いないことは守っていただきたい。朝の早い時間は通りが静かで、西向きの立面に光が回る。

Q&A

Q宮前家住宅主屋は見学できますか。内部は公開されていますか。
A宮前家住宅主屋は現役の個人住宅で、一般公開はされていません。拝観時間・拝観料の設定はなく、内部見学もできません。登録有形文化財は所有者に公開義務を課す制度ではないためです。見学は公道からの外観に限られます。
Q宮前家住宅主屋への行き方を教えてください。
A所在地は埼玉県秩父市番場町993で、秩父神社へ向かう番場町の通り沿いです。秩父鉄道秩父駅から徒歩約4分、西武秩父線御花畑駅から徒歩約7分。西武秩父駅へは池袋から特急でおよそ80分から90分です。
Q宮前家住宅主屋を設計したのは誰ですか。
A秩父市金崎出身の建築家、山田醇(1884-1969)です。明治45年に東京帝国大学工学部建築学科を卒業し、辰野葛西事務所を経て独立、住宅作家として和洋折衷住宅を手がけました。世田谷の築山家住宅など、ほかにも登録有形文化財となった作例があります。
Q宮前家住宅主屋は重要文化財ですか。登録有形文化財とどう違うのですか。
A重要文化財ではなく、登録有形文化財です。重要文化財・国宝が国の指定による選別的な保護で強い規制を伴うのに対し、登録は届出制の緩やかな制度で、建設後おおむね50年以上の建造物を広く対象とします。宮前家住宅主屋の登録は平成16年2月17日、登録番号11-0061です。
Q宮前家住宅主屋の写真を撮ってもよいですか。
A公道上からの撮影であれば通常は問題ありません。敷地内への立ち入り、塀越しの撮影、脚立やドローンの使用、居住者を被写体とすることは控えてください。制止された場合は速やかに従ってください。
Q宮前家住宅主屋の近くに、あわせて見られる文化財はありますか。
A向かいの薗田家住宅が主屋・表門とも登録有形文化財です。同じ通りには昭和2年創業のパリー食堂、小池煙草店などの登録建造物があり、飲食や買い物をしながら建物を見られます。通りの北端には秩父神社と秩父まつり会館があります。

基本データ

名称宮前家住宅主屋(みやまえけじゅうたくしゅおく)
所在地埼玉県秩父市番場町993
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 11-0061/登録基準:造形の規範となっているもの
指定年平成16年(2004年)2月17日登録、同年3月4日告示(第40回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積140平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(現役の個人住宅)。公道からの外観見学のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 宮前家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003824
文化遺産オンライン ― 宮前家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/116704
秩父市 ― 宮前家住宅主屋
https://www.city.chichibu.lg.jp/4268.html
秩父市 ― 登録有形文化財一覧
https://www.city.chichibu.lg.jp/4024.html
秩父市 ― 登録有形文化財パンフレット(PDF)
https://www.city.chichibu.lg.jp/secure/24418/tourokuyukei_pamphlet.pdf

最終更新日: 2026.08.10