刃に神号を刻んだ国宝短刀
埼玉県立歴史と民俗の博物館が所蔵する短刀〈銘備州長船住景光/元亨三年三月日〉は、刃長わずか二十八センチほどの一刀である。茎の表には「備州長船住景光」、裏には「元亨三年三月日」と切られ、元亨三年(一三二三年)の作であることがはっきりと分かる。製作年が明記された鎌倉時代末期の短刀として、刀剣史のうえで重んじられてきた一口だ。
姿は平造り、庵棟。短刀としてはやや身幅が広く、寸延びごころで、反りはごくわずかにつく。刀身には彫物があり、表に「秩父大菩薩」の五字、裏に一字の梵字が陰刻される。秩父大菩薩とは、秩父神社(埼玉県秩父市)の祭神である妙見菩薩を指す神号である。
長船景光と片落ち互の目
作者の景光は、備前国の吉井川沿いに開けた長船の地に活動した刀工で、長船派の三代目にあたる。派の祖である光忠、その子の長光に続く頭領であり、子の兼光が次代を担った。現存する年紀作は嘉元四年(一三〇六年)から建武元年(一三三四年)ごろまでに及び、三十年近い作刀期が確かめられる。
景光の作を見分ける手がかりは、得意とした刃文「片落ち互の目」にある。互の目は本来、丸みを帯びた波が連なる刃文だが、景光はその一辺を斜めに切り落とすように整え、鋸の歯を思わせる規則正しい乱れに仕立てた。本作の刃文も片落ち互の目がよく揃い、刃中には足や葉が入り、匂口は締まりごころに小沸がついて冴える。地鉄は小板目肌がよく約み、地沸が細かにつき、刃の上方には淡い映りが立つ。
国宝指定の理由
本作は昭和二十七年(一九五二年)に重要文化財、昭和三十一年(一九五六年)に国宝へと指定された。これに先立ち、昭和十二年(一九三七年)には重要美術品に認定されている。
価値の核は、いくつかの点に集約される。第一に、銘に年紀があるため制作時期に疑いがない。これは鎌倉期の刀剣としては珍しい。第二に、茎が生ぶで磨上げを受けておらず、景光が意図した寸法と姿をそのまま保つ。第三に、実用の刀身に神号と梵字を彫り込む例は多くなく、信仰の場と結びついた作刀であることをうかがわせる。なお裏の梵字については、大威徳明王とする資料と阿弥陀如来とする資料があり、解釈は一致を見ていない。室町後期、上杉謙信の時代の作とされる小サ刀拵が附として指定に含まれる点も特色である。
号「謙信景光」と来歴
この短刀には「謙信景光」という号がある。戦国武将の上杉謙信(一五三〇〜一五七八年)が常に手元に置いたと伝わることに由来する。上杉家の刀剣台帳には謙信の差料として記載が残る。上杉家に入る以前は秩父神社に奉納されていたとも伝えられ、刃の神号はその由緒と重なる。戦後に上杉家を離れて岡野家の所有となり、現在は埼玉県の所有として当館に収まっている。
同館はもう一口、景光作の国宝を所蔵する。嘉暦四年(一三二九年)に景光が景政とともに鍛えた太刀で、武蔵の武士・大河原氏ゆかりの一刀である。短刀と太刀が並んで公開される機会もある。
見どころ
間近で見るなら、まず片落ち互の目に目を凝らしたい。刃に沿って視線を傾けると、斜めに落ちる刃文の歯が順に光を拾い、ひとつひとつが同じ向きに整っているのが分かる。彫物も見ものだ。平地に切られた「秩父大菩薩」の文字は彫りが明瞭で、裏の梵字は小さく入念に刻まれている。
茎も注目したい。中ほどがやや反って袖のように開く振袖形をなし、茎尻は丸みのある栗尻に仕立てられている。目釘孔は二つ、鑢目は勝手下がりで、景光当時の姿をとどめる。拵が併せて展示されるときは、黒漆塗の鞘や、秋草を色絵であらわした小さな金具にも目を向けたい。
周辺の見どころとアクセス
博物館は大宮公園の北側、木立に囲まれた一角にある。東武アーバンパークライン(野田線)の大宮公園駅から徒歩五分、大宮駅からは二駅の近さで、東京方面からも訪ねやすい。大宮公園は県内でも古い歴史をもつ公園のひとつである。
足をのばせば見どころは多い。約二百八十社を数える氷川神社の総本社・武蔵一宮氷川神社は、二キロ近い参道で知られ、大宮の地名の由来ともなった古社である。北へ少し歩けば大宮盆栽村と盆栽専門の美術館があり、ニューシャトルで数分の鉄道博物館は国内有数の規模を誇る。短刀の拝観に、これらのいずれかを組み合わせれば半日の行程になる。
Q&A
- いつ行っても短刀を見られますか。
- 常時公開ではありません。光に弱く繊細な作品のため、公開は限られた期間に限られ、おおむね年に一度、冬期に展示されることが多いです。訪問前に展示予定をご確認ください。
- なぜ「謙信景光」と呼ばれるのですか。
- 戦国武将の上杉謙信が手元に置いた差料と記録されることに由来します。景光は刀を鍛えた刀工の名です。
- 「片落ち互の目」とは何ですか。
- 景光が得意とした刃文です。刃の波の一辺が斜めに切り落とされたように整い、規則正しい斜めの乱れになるのが特徴で、景光の作を見分ける手がかりになります。
- 刀身には何が彫られていますか。
- 表に秩父神社の祭神にちなむ「秩父大菩薩」の神号、裏に一字の梵字が陰刻されています。彫物から、奉納を目的に鍛えられた一刀と考えられています。
- 行き方と観覧料を教えてください。
- 東武アーバンパークラインの大宮公園駅から徒歩五分です。常設展の観覧料は手ごろで、特別展・企画展は別料金になります。中学生以下は無料です。
基本情報
| 名称 | 短刀〈銘備州長船住景光/元亨三年三月日〉(号 謙信景光) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品)。重要文化財指定 昭和二十七年(一九五二年)七月十九日、国宝指定 昭和三十一年(一九五六年)六月二十八日 |
| 年代 | 元亨三年(一三二三年)、鎌倉時代後期 |
| 作者 | 長船景光(備前国) |
| 形状 | 平造りの短刀。刃長約二十八・三センチ、反りわずか |
| 員数 | 一口。小サ刀拵を附として指定 |
| 所有者 | 埼玉県 |
| 所在地 | 埼玉県立歴史と民俗の博物館(埼玉県さいたま市大宮区高鼻町四ノ二一九) |
| アクセス | 東武アーバンパークライン 大宮公園駅から徒歩五分 |
| 公開 | 不定期(冬期が多い)。訪問前に展示予定を確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース(短刀〈銘備州長船住景光/元亨三年三月日〉)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/476
- 文化遺産オンライン(独立行政法人国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150061
- 埼玉県立歴史と民俗の博物館 休館日・開館時間・観覧料
- https://saitama-rekimin.spec.ed.jp/kyuukanbi_kaikanjikan_kanrannryou
- 埼玉県立歴史と民俗の博物館 交通案内
- https://saitama-rekimin.spec.ed.jp/access
最終更新日: 2026.06.08