雪と峠が形づくった山村の景観

平成26年(2014年)3月18日、米原市の東草野が国の重要文化的景観に選定された。全国で39件目、滋賀県内では4件目にあたる。それまで県内で選ばれていた3件はいずれも琵琶湖に面した水辺の景観で、山間部からの選定はこれが初めてだった。

東草野はひとつの集落の名ではない。米原市の最北、姉川の上流域に連なる甲津原・曲谷・甲賀・吉槻の四つの集落をまとめて指す古い地域名である。東に伊吹山地、西に七尾山地がせまる細い谷あいに、わずかな平地を頼って家々が点在している。選定された範囲は2,365.5ヘクタールにおよぶが、その大半は山林と急斜面で、人の住む土地はごく細い帯にすぎない。

評価されたのは、特定の建物でも一望の景色でもない。豪雪と、峠を越える流通路という二つの地理的条件に、人々が住まいと水と一年の働きを合わせてきた、その暮らしの形そのものである。

三メートルの雪と向き合う

東草野は西日本でも有数の豪雪地帯にあたる。ふつうの冬でも集落のなかで積雪は約3メートルに達する。住民は雪をやり過ごすのではなく、家と屋敷の造りそのものに雪を織り込んできた。

その最もわかりやすい例がカイダレである。壁の線から大きく外へ張り出した深い庇のことで、その下には雪に埋もれても使える細長い空間が生まれる。住民はここに出入口を確保し、冬には雪囲いを立てかけ、秋には天日干しの作物を急な雨から退避させた。カイダレのない家は、ひと冬のあいだ自宅の入口から切り離されてしまうことになる。

水もまた雪と向き合う道具だった。水路や湧水を引き込んだ貯水施設をイケと呼び、屋敷地のなかに設える。水路を板やコンクリートでせき止めた区画はカワトと呼ばれた。流れる水は積もった雪ほど凍りつかないため、これらは消雪、つまり道や戸口の雪を融かすために使われた。カワトはまた、洗濯や食器・野菜の洗い場として日々の暮らしを支えた。

選定は「複合景観」という基準のもとで行われた。複数の土地利用が重なり合う場所を評価する区分である。東草野はイケ・カワトに見る水の利用、道や広場が担った流通と往来、屋敷林や垣根をともなう居住という三つの要素を同時に備えていた。これほど明快に三者がそろう山村は多くない。

四つの集落と、それぞれの副業

東草野の暮らしの土台は、どの集落も農業だった。だが長く閉ざされる冬が、集落ごとに異なる副業を育てた。最も奥に位置する甲津原は麻織で知られた。曲谷は石臼を産し、その石工は出稼ぎに出るほどの腕をもっていた。甲賀は剣道の稽古で使う竹刀をつくった。谷の最も南にあって最も大きい吉槻は、南北と東西の道が交わる位置にあり、商店や役所が集まる中心地として機能した。

峠を越える道

谷は、その雪深さから想像されるほど孤立してはいなかった。東草野は分水嶺の向こうの美濃(現在の岐阜県)へと、いくつもの峠でつながっていた。甲津原からは新穂峠・品又峠・鳥越峠が旧坂内村や旧久瀬村の村々へ通じ、品又峠の道は現在、奥伊吹スキー場へ抜ける車道が貫いている。これらの道を、近江や関西から運ばれた仔牛、美濃から長浜へ中継される繭、和紙の原料として送り出されるコウゾ、そして山中の窯で焼かれた炭が行き交った。

峠を渡る仏

品物の往来よりも生き生きと国境を越える交流を映し出すのが、廻り仏という習俗である。浄土真宗で、敬われる人物の御影などを定まった順路で寺から寺へと巡らせる営みをいう。東草野では顕如・教如の絵像が、甲津原の行徳寺から県境を越えて旧坂内村の寺院へ渡り、ふたたび吉槻の光泉寺へと戻ってくる。その道筋は現在の県境をまったく意に介さず、より古い山の共同体の論理にしたがっている。

甲津原には室町時代の能面も伝わり、現在は市指定の文化財となっている。牛や繭とともに、芸能や文芸もまた峠を越えてきたことの証である。

東草野を訪ねる

四つの集落へは車で向かうのがよい。谷をのぼって最初の手がかりになるのが、甲津原にある奥伊吹ふるさと伝承館である。築四百年を超える民家で、甲津原で盛んだった能の舞台としても使われた。すり足の足さばきが引っかからないよう、床板が縦に張られている点に気づきたい。開館は4月から11月の土・日・祝日、午前10時から午後3時まで。冬季は休館する。入館は無料で、わずかな寄付が募られている。駐車は近くの甲津原交流センターの駐車場が利用できる。

甲津原は奥伊吹スキー場の入口でもある。文化的景観を形づくったのと同じ豪雪が、冬のゲレンデを支えている。冬に訪れれば雪国の本領を目にできるが、舗装されていない集落の道を歩くのは難しくなる。家並みを歩き、カイダレの庇やカワトの水路をじっくり見るなら、晩春から秋にかけてが歩きやすい。

集落には今も人が住み、農業が営まれている。野外博物館ではない。道や屋敷地、水路は現役の生活の場である。公道を歩き、人々の暮らしの場であることを尊重して訪ねたい。

Q&A

Q重要文化的景観とは何ですか。
A地域の人々の暮らしや生業によって形づくられた景観を守る、文化財の区分のひとつです。ひとつの建造物ではなく、土地の使われ方が表れた地域全体を評価します。東草野は全国で39件目の選定でした。
Q訪問に適した季節はいつですか。
A集落を歩き、カイダレの庇や水路を見るには、晩春から秋が歩きやすい時期です。冬は景観の前提となる約3メートルの積雪を実感できますが、深い雪のため細い道の通行は限られます。
Qどうやって行けばよいですか。
A車での訪問を強くおすすめします。集落は米原市最北の姉川上流域にあり、公共交通機関の便は限られています。甲津原の奥伊吹ふるさと伝承館が、最初の目印になります。
Q民家の中に入れますか。
A多くは個人の住宅で、見学はできません。甲津原の奥伊吹ふるさと伝承館は4月から11月の土・日・祝日に公開される歴史的な民家で、伝統的な室内を見るのに適しています。
Qカイダレとは何ですか。
A東草野の伝統的な民家に見られる、ひときわ長い庇を指す言葉です。庇は壁ぎわに、雪深くても使える空間を生み、戸口を確保し、作業や作物の天日干しのための覆いのある場所をもたらしました。

基本情報

名称東草野の山村景観(ひがしくさののさんそんけいかん)
所在地滋賀県米原市甲津原・曲谷・甲賀・吉槻
指定区分重要文化的景観(国選定)
選定年月日平成26年(2014年)3月18日
選定基準複合景観(水の利用/流通・往来/居住)
選定面積2,365.5ヘクタール
そのほか日本遺産の構成文化財
アクセス車利用。米原市最北、姉川上流域

参考文献

米原市「国選定重要文化的景観『東草野の山村景観』」
https://www.city.maibara.lg.jp/soshiki/kyoiku/rekishi/shokai/higashikusano/2844.html
米原市「『東草野の山村景観』整備活用計画について」
https://www.city.maibara.lg.jp/soshiki/kyoiku/rekishi/shokai/higashikusano/20984.html
米原市「峠の交流」
https://www.city.maibara.lg.jp/kanko/rekishi/shitei/4600.html

最終更新日: 2026.05.23