昭和18年の木造校舎

湖東町歴史民俗資料館(旧西押立国民学校校舎)は、滋賀県東近江市北菩提寺町にある昭和18年(1943年)竣工の木造二階建校舎で、平成10年(1998年)1月16日に国の登録有形文化財(建造物)となった。建築面積676平方メートル、所有者は東近江市である。

まず竣工年に立ち止まりたい。昭和18年は太平洋戦争の三年目にあたる。木材も労働力も軍需へ吸い上げられ、全国で学校建築はほぼ止まっていた。その年に676平方メートルの木造校舎が農村に立ち上がるという事実は、時代の常識から外れている。

登録名称は、日本の教育制度から消えた語をひとつ抱え込んでいる。昭和16年(1941年)から同22年(1947年)まで、小学校は国民学校に改組された。国民学校令が掲げた目的は「国民の基礎的錬成」である。西押立の校舎はこの六年間に建てられ、台帳はその戦時の呼称を名称に残した。

兄弟の寄付と、ひとりの大工

この建物が存在するのは、二人の男が費用を出したからである。文化庁は、実業家である松居泰次良・房治郎兄弟の寄付によって建設されたと記録する。

湖東地域では見慣れた型でもある。この一帯は近江商人を輩出した。本宅を郷里に置いたまま他国で商いを営み、家訓に富の還元を織り込んだ商人たちである。還元先として学校はしばしば選ばれた。北へ数キロの豊郷町に建つ昭和12年(1937年)の小学校校舎群も、同種の寄付から生まれている。六年と一郡を隔てた二つの事業は、同じ系譜の上にある。

文化庁はもう一点、寄進者と建物を結ぶ細部を書き添える。大工は木村太兵衛。下一色町に建つ旧松居家住宅、すなわち泰山閣を手がけた人物と同じである。松居家は自邸と村の学校を、ひとりの大工に委ねた。

登録は平成10年1月16日、登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの)、登録番号25-0027。告示は同年2月12日に行われている。隣接する旧講堂の錬成館も同日に25-0028として登録された。なお泰山閣は主屋と土蔵が平成14年(2002年)3月20日に県指定へ移行したため登録を抹消され、表門のみが登録有形文化財として残る。

コの字と赤瓦

設計の核は平面にある。建物は中庭を三方から囲み、片仮名のコの字を描く。教室は内へ向き、囲いの全長に沿って長い廊下が走る。廊下を歩くあいだ、視界の片側にはつねに中庭がある。同時代の学校が受け取った直線一列の校舎配置より、はるかに贅沢な構えである。

外観は一組の対比だけで成り立つ。白く塗られた下見板の横張りと、赤色の桟瓦葺屋根。素材は二つ、色は二つ、装飾はない。湖東平野の平坦な水田越しに、赤い屋根は遠くから見える。

内部では階段に気づく。蹴上げが低い。大人ではなく小さな子どもの脚に合わせた寸法で、上る者の歩幅をはっきりと狂わせる。二階には資料館時代の展示室が残り、明治から昭和初期までの生活道具や農具が置かれたままになっている。

そして隣の一棟。錬成館は旧講堂で、木造平屋建、建築面積534平方メートル。校舎と同時期に建てられ、のちに移築されて柔道場に転用された。大屋根は袴腰の形をとり、その正面に一段低い屋根と車寄せを重ねて、正面観を実際の量塊より複雑に見せている。下見板と赤い桟瓦は校舎に呼応する。

錬成館には、より稀なものが残る。奉安殿である。戦前の学校が天皇・皇后の御真影と教育勅語の謄本を納めた小さな祠状の施設で、児童は日々これに拝礼した。昭和20年(1945年)以降、占領下の方針により大半が撤去されており、旧位置に残る例は多くない。錬成という語そのものも、国民学校令の用語である。

訪ねる前に

ここは期待値の設定に注意がいる。名称が実態から離れているためだ。湖東歴史民俗資料館は昭和56年(1981年)にこの建物で開館し、平成24年(2012年)3月31日をもって閉館した。登録名称には資料館の名が残るが、資料館そのものは動いていない。

閉館後、建物は主に民具の収納庫として使われてきた。東近江市はその先を検討しており、令和3年度(2021年度)のサウンディング型市場調査には四者から活用案が寄せられた。続いて、事業者や団体が短期間この建物を実際に使えるトライアルサウンディングも実施されている。内部を見たい場合は、現地へ向かう前に市の博物館振興課(電話0748-24-5574)へ問い合わせるのが確実である。

錬成館は柔道場として稼働しており、練習や試合の日は使用できない。

敷地は近江鉄道八日市駅の北東およそ5キロ、車で15分ほどの田園のなかにある。周辺の公共交通は限られる。敷地内に二か所、約30台分の駐車場がある。

内部撮影は自由ではなく、収蔵資料の保全を条件に市と個別に調整する扱いになっている。外観、赤い屋根、中庭側の立面はその手続きなしに味わえる。湖東平野の集落には近江商人の建築がなお残り、残りの半日はそちらで埋まる。

Q&A

Q湖東町歴史民俗資料館(旧西押立国民学校校舎)は見学できますか。
A資料館は平成24年(2012年)3月31日に閉館しており、建物の常時公開はありません。所有者は東近江市で、閉館後は主に民具の収蔵庫として使われ、利活用が検討されています。内部見学の可否は、事前に東近江市博物館振興課(電話0748-24-5574)へご確認ください。
Q旧西押立国民学校校舎の所在地とアクセスを教えてください。
A滋賀県東近江市北菩提寺町126にあります。近江鉄道八日市駅の北東およそ5キロ、車で15分ほどです。周辺の公共交通は限られており、敷地内に二か所、約30台分の駐車場が設けられています。
Q名称にある「国民学校」とは何ですか。
A昭和16年(1941年)から同22年(1947年)まで、日本の小学校は国民学校に改組されていました。国民学校令はその目的を「国民の基礎的錬成」と定めています。西押立の校舎は昭和18年(1943年)竣工でこの期間にあたるため、台帳は戦時の呼称を名称に用いています。
Q旧西押立国民学校校舎の隣にある錬成館はどんな建物ですか。
A錬成館は旧西押立国民学校の講堂で、木造平屋建、建築面積534平方メートル。校舎と同日に登録番号25-0028として登録されました。のちに移築されて柔道場となり、現在も柔道場として使われています。御真影と教育勅語謄本を納めた奉安殿が残っている点が貴重です。
Q旧西押立国民学校校舎はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A平成10年(1998年)1月16日、登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの)により登録番号25-0027として登録されました。文化庁はコの字形平面と、下見板張りの外壁と赤色桟瓦の対比を挙げ、松居泰次良・房治郎兄弟の寄付による建設と、大工が木村太兵衛であることを記録しています。

基本データ

名称湖東町歴史民俗資料館(旧西押立国民学校校舎)
所在地滋賀県東近江市北菩提寺町126
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号25-0027 登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの)
指定年平成10年(1998年)1月16日登録/同年2月12日告示 第8回登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積676平方メートル 延べ床面積約1,325平方メートル、敷地面積約3,228平方メートル
所有者東近江市
公開状況資料館は平成24年3月31日閉館。建物の常時公開なし(問い合わせ:東近江市博物館振興課 0748-24-5574)

参考文献

湖東町歴史民俗資料館(旧西押立国民学校校舎)|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000446
湖東町歴史民俗資料館(旧西押立国民学校校舎)|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/176666
錬成館(旧西押立国民学校講堂)|国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000447
湖東歴史民俗資料館【平成24年3月31日に閉館しました】|東近江市
https://www.city.higashiomi.shiga.jp/shisetsu/1004258/1004265.html
旧湖東歴史民俗資料館・錬成館(内部の記述を含む施設記録)|全国ロケーションデータベース・国立映画アーカイブ
https://jl-db.nfaj.go.jp/location/250160109/
国の登録有形文化財・旧湖東歴史民俗資料館でトライアルサウンディング、東近江市|日経BP
https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/news/021002785/
登録有形文化財(建造物)一覧|滋賀県
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5491008.pdf

最終更新日: 2026.08.11