国の登録に残ったのは門だけだった

泰山閣(旧松居家住宅)表門は、滋賀県東近江市下一色町にある昭和10年(1935年)頃の棟門で、平成10年(1998年)1月16日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

屋敷地の南東隅、道路に南面して建つ。門をくぐると広い庭が開け、その奥に主屋の玄関がある。門そのものは小さく、その先の距離は長い。この落差は意図されたものだろう。

台帳の記載は素っ気ない。「木造棟門,瓦葺」。棟門は日本の門の形式のなかでも単純な部類で、二本の柱が棟を持つ屋根を支え、それ以上の要素を持たない。控柱もなければ、脇の袖塀を含む構えでもなく、番所もない。この門が語れることは、寸法の取り方と仕上げの精度に限られている。

屋根が逆に反っている

横から棟の線を追ってほしい。格式を意識した日本の屋根は、たいてい中央が下がり軒先で持ち上がる。凹の曲線で、反りという。この門は逆である。全長にわたって上方へゆるやかに膨らむ。凸の曲線で、むくりと呼ぶ。仕上がりの印象は寺院の門より柔らかく、構えは低い。むくりは数寄屋の系統に属する扱いで、茶室から派生した住宅の意匠では、抑えることが洗練とされ、直線はいささか無骨と見なされてきた。

葺材は桟瓦。ただし屋根の端部だけは銅板で葺く。この使い分けには理由がある。面を瓦で静かにおさめ、端部を金属で締めることで、輪郭が鋭くなる。加えて銅は年を経ると緑青を帯び、瓦にはない色の変化を見せる。台帳は、この軽快な意匠が主屋と共通すると記す。門と主屋は一続きの設計として考えられていた。

大工の名が残る門

登録有形文化財で施工者の名が判明している例は多くない。この門には残っている。文化庁のデータベースは、大工を木村太兵衛と記載し、施主である大阪の商人に出入りしていた職人と説明する。設計者ではなく大工の名が記録されている点に、この建物の出自が表れている。図面より手仕事が先に立つ世界の産物である。

松居家は近江商人の系譜に連なる家で、下一色町の屋敷は大阪を拠点とした商いの本宅にあたる。建築は昭和10年頃。近江商人の住宅建築としては後期に属し、旧来の作法で邸宅を建てることがまだ可能だった時期の仕事である。

主屋が国の登録名簿にない理由

平成10年1月16日、この屋敷からは三棟が同時に登録された。主屋、土蔵、そして表門である。ところが四年後に事情が変わる。文化庁の登録抹消一覧によれば、平成14年(2002年)3月20日、主屋と土蔵は登録を抹消された。理由の区分は「都道府県指定による登録抹消」。日本の制度では登録は保護の軽い段階にあたり、都道府県指定や国指定を受けた物件は、より強い保護に移るため登録名簿から外れる仕組みになっている。

結果として、いま国の登録有形文化財として泰山閣を検索すると、表門だけが出てくる。主屋が失われたわけでも、焼けたわけでもない。格上げされたのである。

訪問の前に確認したいこと

現在の所有者は東近江市。常時公開の施設として運営されておらず、公開日や見学料は公表されていない。表門は敷地南東隅で公道に面して建つため、外観については通りから見ることも撮ることもできる。庭や建物の内部に立ち入る見学を希望する場合は、東近江市の文化財担当窓口に事前に相談してほしい。

下一色町は旧湖東町の区域、愛知川と鈴鹿山麓のあいだに広がる田園地帯にある。鉄道は近江鉄道が最寄りで、愛知川駅が北西へおよそ4キロ、五箇荘駅が西へ同程度の距離。車かタクシーを使うのが現実的である。周辺を訪ねるなら、北西の五個荘金堂の町並みと組み合わせる人が多い。あちらでは近江商人の邸宅が公開日を定めて開いている。

Q&A

Q泰山閣(旧松居家住宅)は内部を見学できますか。
A東近江市が所有していますが、常時公開の施設としては運営されておらず、公開日や見学料は公表されていません。表門は敷地南東隅で公道に面して建つため、外観は通りから見学できます。庭や建物内部の見学を希望される場合は、東近江市の文化財担当窓口へ事前にご相談ください。
Q泰山閣(旧松居家住宅)表門はどのような形式の門ですか。
A棟門です。二本の柱が棟を持つ屋根を支える簡素な形式で、控柱や袖塀を伴いません。屋根は桟瓦葺で端部のみ銅板を用い、全体に上方へ膨らむむくりを付けます。数寄屋の系統に属する扱いです。
Q泰山閣(旧松居家住宅)表門は誰がいつ建てたのですか。
A文化庁のデータベースは年代を昭和10年頃とし、大工を木村太兵衛と記載します。施主である大阪の商人に出入りしていた職人と説明されています。この規模の登録建造物で施工者名が判明している例は多くありません。
Q泰山閣の主屋と土蔵はなぜ国の登録有形文化財の一覧に出てこないのですか。
A三棟とも平成10年1月16日に登録されましたが、主屋と土蔵は平成14年3月20日に登録を抹消されました。文化庁の抹消一覧では理由が「都道府県指定による登録抹消」と分類されています。登録は保護の軽い段階にあたるため、指定を受けた物件は登録名簿から外れます。
Q泰山閣(旧松居家住宅)表門へのアクセス方法を教えてください。
A下一色町は東近江市北部、旧湖東町の区域にあります。近江鉄道の愛知川駅から北西へ約4キロ、五箇荘駅から西へ同程度の距離で、車またはタクシーの利用が現実的です。見学者用の駐車場は用意されていません。
Q泰山閣(旧松居家住宅)表門は撮影してよいですか。
A公道からの外観撮影について制限は公表されていません。敷地は市有地で通常開放されていないため、撮影のために無断で立ち入ることは避け、道路上での安全にもご配慮ください。

基本情報

名称泰山閣(旧松居家住宅)表門(たいざんかく(きゅうまついけじゅうたく)おもてもん)
所在地滋賀県東近江市下一色町361-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号25-0026
指定年平成10年(1998年)1月16日登録/同年2月12日告示
員数1棟
寸法木造棟門、瓦葺(端部銅板葺)。年代は昭和10年(1935年)頃
所有者東近江市
公開状況外観は公道から見学可。常時公開施設としての運営はなく、公開日・見学料の公表なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 泰山閣(旧松居家住宅)表門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000445
文化遺産オンライン ― 泰山閣(旧松居家住宅)表門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147055
文化庁 登録有形文化財(建造物)登録抹消一覧(PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/pdf/94189701_02.pdf
東近江市 歴史文化(文化財情報)
https://www.city.higashiomi.shiga.jp/bunka_sports_shougaigakushu/rekishi_bunka/index.html

最終更新日: 2026.08.11