本社より古い境内社
大宝神社境内社追来神社本殿は、滋賀県栗東市綣の大宝神社境内に建つ一間社流造の社殿で、弘安6年(1283年)の造営、明治39年(1906年)4月14日に重要文化財に指定された。文化庁データベースの読みは「おおきじんじゃ」。地元では「おうき」「おふき」などの表記も用いられ、一定していない。
規模は小さい。正面柱間一間、屋根は檜皮葺で、前流れを階段の上まで長く延ばす流造の形式をとる。装飾で目を引く種類の建物ではなく、そのために、この社の来歴が見落とされやすい。
本社である大宝神社は大宝元年(701年)の創祀を伝える。疫病の流行に際し、小平井村信濃堂に降臨した素盞嗚尊と稲田姫命が霊仙寺村を経て綣に鎮座したとされ、その鎮座先が追来神社の境内であった。土地の神が先にあり、後にその周囲へ五十余郷の氏子を擁する社が形づくられた、という順序である。追来神社の祭神は多々美彦命。中世には若宮権現とも呼ばれ、延喜式内社の意布伎神社に比定する説もあるが確定していない。
造営年は様式判断ではなく、物証による。棟上げを記す弘安6年の棟札が現存し、本殿とあわせて重要文化財の附指定を受けている。棟札は栗東歴史博物館に寄託されている。
明治39年に選ばれたということ
指定年月日の早さが、この建物の評価を端的に示している。明治39年4月は古社寺保存法下の指定であり、地方の神社本殿が広く調査対象となる時期よりはるかに早い。当時の専門家が構造・形式の面で例外的と判断したことを意味する。
評価の核は、年代と形式の組み合わせにある。一間社流造は後に日本の神社本殿で最も普及する形式となるが、鎌倉期まで遡る確実な遺構は限られる。追来神社本殿は一間社流造の現存最古例、また滋賀県内最古の神社本殿建築とされる。これらの位置づけは建築調査の側から述べられているもので、文化庁データベースは年代・構造形式・附の棟札のみを記載する。
近江は京都・奈良を除けば中世建築の指定件数が最も厚い地域である。その密度のなかで、後に標準となる形式の年代確定例が残る意味は大きい。形式が完成する以前の姿を、実物で確認できる。
修理の痕跡も読める。荒廃が進んだ状態からの解体修理を経ており、向拝や縁廻りには後世の改変が残る。外側の蟇股は身舎のものに倣って作り替えられた。屋根の檜皮も近年葺き替えられている。十三世紀の部材と保存事業の成果とを見分けながら眺めることになるが、その境目は隠されていない。
大宝神社にはもう一件、鎌倉時代の木造狛犬が重要文化財として伝わる。現在は京都国立博物館に置かれており、「伊不伎里惣中」の銘が、追来神社を式内意布伎神社に結びつける論拠のひとつとされてきた。
境内での見どころ
境内入口は西側にある。石橋を渡り石鳥居をくぐると参道で、駐車場を兼ねた広さがある。参道の左手に、築地塀を伴う四脚門が構える。享保年間に宮中から寄進された門で、築地塀に走る五本の白線がその由緒を示す。皇室ゆかりの建物に限って許された意匠である。
門を抜けると砂利敷きの境内が開ける。中央に拝殿、その奥に中門、垣に囲まれて大宝神社本殿が鎮座する。追来神社本殿は本殿の右手前。左手前には栗東市指定の稲田姫神社が建ち、二つの境内社が軸線を挟んで向かい合う配置になっている。
まず軒の線を見たい。檜皮の葺き足が細かく揃うため、軒先が一本の柔らかな線として見える。階段の上へ流れ落ちる前流れは、本体の小ささから予想されるより深い。次に軒下の蟇股。この建物は一枚の写真より、ゆっくり一周する時間に応える。
境内は常時開放され、参拝に料金はかからない。追来神社本殿は屋外に建つため外観はいつでも見られるが、内部は非公開である。撮影を制限する掲示は見当たらない。神事の最中は配慮したい。
鎌倉建築としては珍しく交通が容易で、JR琵琶湖線栗東駅から北西へ約500メートル、徒歩10分ほど。社頭は旧中山道に面する。例大祭は5月4日、氏子域では平成28年からサンヤレ踊りの復興が進められている。大宝神社文書約2,000点を寄託されている栗東歴史博物館とあわせて回ると、十分程度の立ち寄りでは得られない背景が見えてくる。
Q&A
- 大宝神社境内社追来神社本殿は見学できますか。拝観料は必要ですか?
- 見学できます。栗東市の大宝神社の境内は常時開放されており、参拝に料金はかかりません。追来神社本殿は屋外に建つため、外観を間近から見ることができます。内部は非公開です。参道が駐車場を兼ねています。
- 追来神社本殿はいつ建てられ、その年代はどう分かったのですか?
- 鎌倉時代後期の弘安6年(1283年)の造営です。棟上げを記した棟札が残っており、これが年代の根拠になっています。棟札は本殿とあわせて重要文化財の附に指定され、栗東歴史博物館に寄託されています。
- 追来神社本殿はなぜ重要文化財に指定されているのですか?
- 後に神社本殿の標準形式となる一間社流造の、年代の確かな遺構であることが最大の理由です。建築調査では一間社流造の現存最古例、滋賀県内最古の神社本殿建築とされています。指定は明治39年4月14日で、国による建造物保護のごく初期に含まれます。
- 大宝神社と追来神社本殿へのアクセスを教えてください。
- JR琵琶湖線栗東駅から北西へ約500メートル、徒歩10分ほどです。社頭は旧中山道に面し、境内は大宝公園に隣接しています。自動車の場合は栗東インターチェンジから短時間で到着します。
- 追来神社の祭神と、大宝神社との関係はどうなっていますか?
- 追来神社の祭神は土地の神である多々美彦命です。大宝元年(701年)と伝わる大宝神社の鎮座以前から当地に祀られており、本社より古い境内社にあたります。中世には若宮権現とも称され、延喜式内社の意布伎神社に比定する説もありますが、確定はしていません。
基本データ
| 名称 | 大宝神社境内社追来神社本殿(たいほうじんじゃけいだいしゃおおきじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県栗東市綣(大宝神社 栗東市綣7-5-5) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 00380 |
| 指定年 | 明治39年(1906年)4月14日 |
| 員数 | 1棟(附:棟札1枚) |
| 寸法 | 一間社流造、檜皮葺。詳細寸法は国指定文化財等データベースに記載なし |
| 所有者 | 大宝神社 |
| 公開状況 | 境内は常時開放、拝観無料。外観のみ見学可、内部は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 大宝神社境内社追来神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1448
- 栗東歴史博物館 大宝神社の文化財
- https://www.city.ritto.lg.jp/hakubutsukan/sub270.htm
- 滋賀県神社庁 大宝神社
- https://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode%3Aview=1&view%3Aoid=386
- ウィキペディア 大宝神社
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE
最終更新日: 2026.08.11