時頼塔と呼ばれる石塔

最明寺五重塔(さいみょうじごじゅうのとう)は、滋賀県守山市勝部町の時宗寺院・最明寺の境内に立つ鎌倉後期の石造五重塔で、昭和29年(1954年)3月20日に国の重要文化財に指定された。

最明寺は正式には鎌倉山北條院最明寺。JR守山駅西口から徒歩7分、勝部町の入口にあたる位置に伽藍を構える。山門を入れば塔は右手、本堂と並ぶ高さで、墓地の入口近くに立っている。地元ではこれを「時頼塔」と呼ぶ。

時頼とは、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼(1227〜1263)である。寺伝によれば、時頼が入洛の途次この地に立ち寄って寺を開き、そのとき塔を寄進したという。寺号も時頼に由来する。出家・隠棲後の時頼が「最明寺殿」と称されたことにちなむ命名である。守山市の記録は、その創建を建長2年(1250年)と伝える。

伝承と編年のずれ

文化庁は、この塔の年代を鎌倉後期、西暦1275年から1332年の間に置いている。

時頼の没年は1263年である。

この差は看過できる幅ではない。石造塔の年代判定は、初重軸部の比例、笠石の軒反りと勾配、基礎の輪郭処理といった形式指標を主たる根拠とする。その判断に従えば、本塔は執権の死から一世代以上を隔てた造立ということになる。一方、守山市の文化財解説は寺伝を踏まえて「鎌倉時代中期と思われる」とし、建長2年の伝承を併記する。両者が食い違う場合、制度上の重みを持つのは文化庁の判定であり、時頼寄進の説は造立年代の記録ではなく寺の創建縁起として受け取るのが妥当だろう。

とはいえ、伝承が無価値というわけではない。この種の付会は、共同体が自らの起源をどう理解してきたかを保存している。北条氏との結びつきは山号「鎌倉山」にも院号「北條院」にも刻み込まれており、寺の自己認識の根幹をなす。石が語る年代と、寺が語る由緒は、それぞれ別種の事実を保持している。

もう一点、この塔は現在地に定着していたわけではない。守山市の文化財解説によれば、塔は境内の東端、鐘楼の脇、本堂の南側と位置を転々と移されてきた。当初の据え付け位置に伴う考古学的文脈は、とうに失われている。

塔を見る

小さな塔である。滋賀県の観光情報は、塔の高さを約2.4メートル、基壇を含めた総高を3.46メートルと記す。同日に指定され番号も隣接する近江八幡市安養寺町の石造五重塔(現状高4.18メートル)と比べれば、明らかに小ぶりだ。

ただし小さいことと弱いことは別である。初重軸部は幅に対して背が高く、四面に仏坐像を彫り出す四方仏の構成をとる。その上の五重の笠石は、軒反りをごく緩く取り、勾配も抑え、石の厚みを十分に残している。比例が塔を下へ落ち着かせる。正面に立つと、高さより先に安定が目に入る。

頂部は欠けている。文化庁データベースの「構造及び形式等」欄は「石造五重塔(相輪上部を欠く)」と明記し、守山市の解説も相輪上半の欠損を惜しんでいる。残された部分は途中で断ち切られたように終わり、その先の輪郭は見る者が補うほかない。

訪問前に押さえておきたいことが二つある。ひとつは、塔がやや傾いていること。守山市は安全確保のため塔にあまり近づかないよう注意を促している。数歩下がった位置から観察・撮影するのが望ましい。もうひとつは、最明寺が観光施設ではなく生活の場としての寺院だという点である。参拝時間は午前9時から午後4時30分、参拝や法話を希望する場合は訪問の10日前までの予約が必要で、連絡は午前10時までに行うよう案内されている。拝観料は志納。塔だけなら5分から10分、解説を依頼した場合は20分程度をみておくとよい。駐車場は3台から5台分で、参道沿いの牛乳店向かいにある。

境内では地蔵堂にも足を向けたい。安置される地蔵像は安産祈願で知られ、参詣者を集めてきた。ほかに元禄4年(1691年)銘の喚鐘、享保19年(1734年)銘の地蔵堂金口があり、慶長9年(1604年)銘の五輪塔一基は非公開とされている。

Q&A

Q守山市の最明寺五重塔は拝観できますか。参拝時間と拝観料は?
A拝観できますが条件があります。参拝時間は午前9時から午後4時30分、拝観料は定額ではなく志納です。小規模な現役寺院のため、参拝や法話・解説を希望する場合は訪問の10日前までの予約が必要で、連絡は午前10時までにとされています。団体は30名から40名まで受け入れ可能です。連絡先は最明寺 077-582-2286。
Q最明寺と五重塔へはJR守山駅からどう行きますか。
A徒歩7分です。守山駅西口を出て直進し、「銀座一番街」の信号を左折、約100メートル先を左折、突き当たりのT字路を左折します。車の場合は名神高速道路・栗東インターチェンジから約10分。駐車場は3台から5台分で、参道沿いの牛乳店向かいにあります。
Q最明寺五重塔はなぜ「時頼塔」と呼ばれるのですか。
A寺伝が、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼による寄進と伝えるためです。時頼が入洛の途中この地で最明寺を開き、同時に塔を寄進したとされ、寺号も時頼の隠棲後の呼称「最明寺殿」に由来します。ただし文化庁は本塔を鎌倉後期、すなわち時頼没年(1263年)より後に位置づけており、この名称は記録というより伝承を伝えるものです。
Q最明寺五重塔は撮影できますか。塔のそばまで近づけますか。
A境内での撮影に制限はありません。ただし守山市は、塔がやや傾いた状態にあるため安全確保の観点からあまり近づかないよう呼びかけています。数歩下がった位置から撮影してください。塔の隣は現役の墓地ですので、その点にもご配慮を。
Q最明寺には五重塔のほかにどのような文化財がありますか。
A国指定の重要文化財は石造五重塔のみです。このほか元禄4年(1691年)銘の喚鐘、享保19年(1734年)銘の地蔵堂金口、慶長9年(1604年)銘の五輪塔一基を所蔵しますが、五輪塔は非公開です。地蔵堂の地蔵像は安産の御利益で信仰を集めています。

基本データ

名称最明寺五重塔(さいみょうじごじゅうのとう)
所在地滋賀県守山市勝部一丁目18-23 最明寺
指定区分重要文化財(建造物)/指定番号 01270
指定年昭和29年(1954年)3月20日
員数1基
寸法総高 約3.46メートル/塔身部 約2.4メートル(滋賀県観光情報による)
所有者最明寺(時宗)
公開状況参拝時間 9:00〜16:30/拝観料は志納/参拝・法話は10日前までの予約制/塔は傾斜のため近接不可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 最明寺五重塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1427
守山市 — 市内寺社仏閣のご紹介 最明寺
https://www.city.moriyama.lg.jp/kanko_event_manabi/kankou/1002777/1004849/1004850/1004857.html
歴史のまち守山 — 建造物(守山市指定文化財一覧)
https://moriyama-bunkazai.org/list7/
滋賀県観光情報 — 最明寺
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/3920/

最終更新日: 2026.08.11