中野家住宅(大津市)とは

中野家住宅(大津市)は、滋賀県大津市中央にある大津町家の屋敷で、明治5年(1872年)建築の主屋を中心に、離れ・土蔵と、隣接するもう1棟の主屋の計4件が、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された(文化庁)。登録番号は25-0311から25-0314までの連番である。

旧東海道の宿場町として栄えた大津の旧市街、通称「大津百町」のなかにあり、京阪びわ湖浜大津駅のすぐ南に位置する。4件とも文化庁の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

屋敷の構成

文化庁の記録によれば、4件の配置は次のとおりである。

  • 主屋(中央1-208):通りに西面する2階建の町家。明治5年(1872年)建築、昭和9年(1934年)改修、建築面積166平方メートル
  • 離れ:主屋の東半部の北側に並行して建つ平屋。明治後期(1898〜1912年)、建築面積53平方メートル
  • 土蔵:主屋の後方に中庭を挟んで建つ2階建の土蔵。明治前期(1868〜1882年)、建築面積23平方メートル
  • 主屋(中央1-209):隣地で同じく通りに西面する2階建の町家。明治43年(1910年)建築、昭和9年(1934年)と平成元年(1989年)以降に改修、建築面積76平方メートル

通りに面するのは2棟の主屋で、離れと土蔵はその奥、中庭や坪庭を介して配されている。文化庁は中央1-209の主屋について、隣接する中野家住宅とともに町並みの景観をつくっていると記す。各棟の構造と見どころは、それぞれのページで扱っている。

大津百町と「軒切り」

まちづくり大津の町歩きマップによれば、大津百町の始まりは天正14年(1586年)頃に琵琶湖岸へ大津城が築かれた時代にさかのぼる。江戸時代には琵琶湖水運の港町、東海道の宿場町、園城寺(三井寺)の門前町として栄え、町の数が百を超えたことからこの名で呼ばれるようになった。

同じマップは、昭和初期に通りの側溝を移す大工事が行われ、通りに面した大津町家の多くが建物の表側を削る「軒切り」を受けたと伝える。中野家住宅の2棟の主屋はいずれも昭和9年(1934年)に改修を受けており、文化庁は中央1-208の主屋を「昭和初期の軒切り改修を受けた町家の一例」と位置づけている。中野家住宅を見るときは、表構えがこの工事のあとの姿であることを念頭に置くとよい。

見学について

中野家住宅は個人の住まいで、一般公開や内部公開について公的な案内は確認できなかった。見学は通りから2棟の主屋の外観を眺める形になる。敷地内への立ち入りは控え、住人の生活に配慮してほしい。撮影の可否についても公的な案内は見当たらない。

最寄りは京阪石山坂本線・京津線のびわ湖浜大津駅で、駅から南へ直線でおよそ200メートル、歩いて数分の距離にある。JR琵琶湖線の大津駅からは北へ直線でおよそ600メートルで、旧東海道の京町通を横切って湖の方へ下っていく道筋になる。

参考文献

中野家住宅主屋(中央1-208)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009313
中野家住宅離れ(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009314
中野家住宅土蔵(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009315
中野家住宅主屋(中央1-209)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009316
中野家住宅主屋(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/269336
大津町家めぐり(まちづくり大津 町歩きマップ #07)
https://www.machidukuri-otsu.jp/machidukuri/wp-content/themes/machidukuri/assets/pdf/07.pdf

最終更新日: 2026.10.20

基本情報

名称中野家住宅(大津市)
所在地滋賀県大津市中央1-208
指定登録有形文化財 4件
座標35.00937, 135.86364