もとは城の門だった表門

大津市中庄に鎮座する篠津神社の表門は、神社のために建てられたものではない。琵琶湖に面して築かれた膳所城の北大手門が、その前身である。明治三年(1870年)に膳所城が取り壊された際、この門は解体され、わずかに内陸へと運ばれた。解体時に見つかった棟札から、明治五年(1872年)に篠津神社の表門として組み直されたことがわかっている。一見すると町なかの神社の入口だが、その正体は江戸幕府が最初期に築かせた城の遺構である。

神社そのものは、この門が移される前から続いてきた。社蔵の棟札には康正二年(1456年)の銘があり、室町時代中期にはすでに鎮座していたとみられる。古くは牛頭天王の社と呼ばれ、祭神は素盞鳴命。江戸期には戸田・菅沼・石川、そして本多と、膳所藩の歴代藩主が崇敬を寄せた。現在の本殿は万治四年(1661年)、本多俊次が藩主だった時代の造営である。二百年あまりののち城門が加わったことで、社は藩主たちが治めた城と直に結びついた。

膳所城と、一棟の門が守られる理由

門を理解するには、それが何を守っていたかを知るとよい。膳所城は関ヶ原の戦いの翌年、慶長六年(1601年)に徳川家康の命で築かれた。江戸幕府が諸大名に号令して労力と資材を出させた天下普請の城としては、その第一号にあたる。家康は縄張りを藤堂高虎にゆだねた。築城の名手として名高い人物である。できあがったのは琵琶湖に突き出す水城で、本丸の西隅には四重四階の天守が上がった。役割は、東海道と、京への東の出入口にあたる瀬田の唐橋を押さえることにあった。松江城・高島城と並び、日本三大湖城の一つに数えられる。

明治政府が全国の城の取り壊しを進めると、膳所城も解体され、その城門は近隣の寺社へと移されて第二の役目を得た。主要な門のうち三棟が現存し、いずれも国の重要文化財に指定されている。膳所神社の本丸大手門、鞭崎八幡宮の南大手門、そしてこの篠津神社の北大手門である。表門が指定を受けたのは大正十三年(1924年)四月。文化庁のデータベースは種別を「城郭」とし、年代を慶長(1596〜1614年)とする。築城の時期と重なる。

門で見ておきたいところ

この門は高麗門である。城の防備のために発達した形式で、特徴は正面よりむしろ背面に表れる。主体となる屋根の後ろに二本の控柱が立ち、それぞれが主屋根と直角の向きに小さな屋根を載せている。横から見ると、広い中央の屋根の後方へ短い屋根が袖のように張り出す姿になる。前面の屋根だけで終わる簡素な門と違い、高麗門はこの背面の小屋根で控柱の雨を落とし、重い扉を支える。

屋根の瓦を見上げてほしい。なかに、膳所を最も長く治めた本多家の立葵紋を見つけることができる。家紋は持ち主の出自を示す印であり、神社の門に本多の紋が残ること自体が、この建物の来歴を示す手がかりになっている。

扉は内開き。上方は竪格子、下方は腰板を横に張る造りで、大扉の脇には日常の出入りに使う脇門が付く。屋根は本瓦葺、平瓦と丸瓦を交互に葺く格式ある仕上げである。これらはいずれも、軽やかな社殿の木組みではなく、城の門が備えた構えそのものだ。

神社のまわり

門は、ゆかりの場所のすぐ近くにある。膳所城の跡地は現在、湖畔の本丸跡に整えられた膳所城跡公園となり、石垣の一部が残るほか、入口には模擬城門が建つ。残る二棟の城門も近い。膳所神社の本丸大手門と鞭崎八幡宮の南大手門で、半日あれば三棟をめぐることができる。藩で好まれた茶器を集めた膳所焼美術館も、徒歩数分の距離にある。

境内には、樹齢四百年ほどと伝わるケヤキの大木が社殿の近くに立つ。七月には祇園祭が行われ、旧城下の町を神輿が渡る。

最寄りは京阪石山坂本線の中ノ庄駅で、東へ歩いて数分。門は道に面しており、いつでも外観を見ることができる。境内は日中、おおむね九時から十七時ごろまで開いている。

Q&A

Qこの門は本当に城の門だったのですか。
Aはい。琵琶湖畔の徳川方の城、膳所城の北大手門でした。明治三年(1870年)の廃城ののち篠津神社へ移され、明治五年(1872年)に組み直されたことが、門から見つかった棟札で確認されています。
Q拝観できますか。料金は必要ですか。
A門は道路に面しており、いつでも自由に外観を見られます。拝観料はかかりません。境内は日中、おおむね九時から十七時ごろまで開いています。
Q電車での行き方を教えてください。
A京阪石山坂本線の中ノ庄駅が最寄りです。駅から東へ歩いて数分、大津市中庄に鎮座しています。
Q門に見られる家紋は何ですか。
A膳所藩を長く治めた本多家の立葵紋です。門の瓦の一部に、その紋が残っています。
Q膳所城の他の門も近くにありますか。
Aあります。同じ地域内に、膳所神社の本丸大手門と鞭崎八幡宮の南大手門が重要文化財として現存します。膳所城跡公園とあわせて、三棟を歩いてめぐることができます。

基本情報

名称篠津神社表門(しのつじんじゃおもてもん)
所在地滋賀県大津市中庄一丁目
指定区分国指定重要文化財(大正13年〔1924年〕4月15日指定)
種別近世以前/城郭
時代・年代桃山時代・慶長(1596〜1614年)
構造形式脇戸付高麗門、本瓦葺/1棟
もとの用途膳所城北大手門。明治5年(1872年)に当社へ移築・再建
所有者篠津神社
アクセス京阪石山坂本線・中ノ庄駅から東へ徒歩数分
公開外観は道路から随時見学可。境内はおおむね9:00〜17:00ごろ開放

参考文献

篠津神社 表門 — 大津市
https://www.city.otsu.lg.jp/bz/a/5/25/60789.html
篠津神社表門 — 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/155915
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1376
篠津神社 — 滋賀県観光情報公式サイト
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/137/
篠津神社 — びわ湖大津トラベルガイド
https://otsu.or.jp/thingstodo/spot114

最終更新日: 2026.06.03