銅で覆われた結界

銅鳥居は、赤神山を登る道に設けられた結界であり、日常と聖なる領域とを分かつ門である。昭和32年(1957年)の建立で、記録上は木造、間口は約1.8メートル。表面を銅で覆い、その名の由来となっている。年を経て金属が緑青へと移ろう。

くぐることの意味

鳥居は単なる装飾ではない。その下をくぐることは、神の領域へ入ることと理解される。742段の石段で至る神社では、いくつもの門が登拝に区切りを与え、身体的な登りを段階を踏んだ参入へと変える。銅鳥居は令和元年(2019年)、山の歴史的景観への寄与により登録有形文化財となった。

素材についての覚書

木の骨組みを銅で覆うのは、山の天候にさらされる門にとって理にかなう選択で、木材を守りつつ独特の光沢を与える。戦後の建立であるこの門は、当社の登録建造物の中でも新しい部類に属し、社域が昭和期に至るまで建て、改めてきたことを示す。石段が前方に立ち上がるなか、その下に立てば、ひとつの地面から別の地面へ渡る感覚がはっきりと得られる。

Q&A

Qなぜ銅鳥居と呼ばれるのですか。
A木の骨組みの表面を銅で覆っているためで、その名と緑青を帯びた色合いの由来となっています。
Qいつ建てられましたか。
A昭和32年(1957年)の建立で、当社の登録建造物の中でも新しい部類に入ります。令和元年(2019年)に登録有形文化財となりました。
Q鳥居をくぐることには何の意味がありますか。
A神の領域へ入ることを表し、日常の空間と聖域との境を示します。
Q鳥居の幅はどのくらいですか。
A間口は約1.8メートルで、赤神山の登拝路に建っています。

基本情報

名称銅鳥居
所在地滋賀県東近江市小脇町2247
指定区分登録有形文化財(建造物)、令和元年(2019)9月10日登録、登録番号 25-434
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代昭和32年(1957年)
構造及び形式等木造、間口1.8メートル(銅板を被せた鳥居)
所有者宗教法人阿賀神社
参拝・公開赤神山の太郎坊宮阿賀神社境内。境内は参拝可。麓から742段の石段、中腹駐車場利用で短縮可。

参考文献

国指定文化財等データベース — 銅鳥居
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012951
太郎坊宮阿賀神社 — 公式サイト
https://tarobo.sakura.ne.jp/
滋賀県観光情報 — 太郎坊宮(阿賀神社)
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/1258/

最終更新日: 2026.07.05