伊志見一里塚 ― 山陰道に残る江戸時代の里程標

松江市宍道町の伊志見、宍道湖の南に近い細い道の両側に、低い土の塚がふたつ向かい合っている。一見すると見過ごしてしまいそうな小さな高まりだが、これはかつて全国の主要街道に置かれた一里塚のうち、今に残る数少ない一例である。慶長12年(1607年)に松江藩が山陰道沿いに築いたもので、昭和12年(1937年)に国の史跡に指定された。島根県内で確認されている一里塚は三基のみで、その一つがこの伊志見一里塚にあたる。

一里を刻む街道の塚

一里塚は街道の距離標である。慶長9年(1604年)、江戸幕府は江戸日本橋を起点として、主要街道の一里(約3.9キロメートル)ごとに塚を築くよう命じた。塚は道の両側に対で設けられ、上には松や榎が植えられた。木は旅人に木陰を提供し、その根は盛った土をつなぎとめる役目も果たした。

役割は実用的だった。旅人は塚を数えて道のりを測り、人足は駕籠や荷物の運賃を算出する目安とした。この制度は急速に広まり、十年ほどで国内の主要路にゆきわたったといわれる。

伊志見の塚は、全国への指令から三年後の慶長12年(1607年)、松江藩が自ら整備し維持した松江城以西の山陰道沿いに築かれた。松江城から数えて西へ五番目、出雲国と伯耆国の旧国境から数えて十三番目の塚にあたる。

残存例が少ない理由

明治政府は明治9年(1876年)に一里塚の廃止を布告した。多くはその後まもなく取り壊され、田畑への転用や道路の拡幅、市街地の拡大のなかで失われていった。全国に数多く築かれたうち、国の史跡として保護されているのは現在十七基にすぎない。

島根県内で確認されている例は三基で、ここ伊志見のほか、東の安来一里塚、西の出雲市にある出西・岩野一里塚がある。伊志見一里塚が昭和12年に指定されたのは、道を挟んで対になる塚が二基とも残っていたためである。両塚の間隔は約5.5メートルあり、この距離そのものが資料となっている。江戸時代にこの地を通っていた山陰道の道幅を示すものだからである。

塚を読む

それぞれの塚は径およそ五メートルほどの丸い土の高まりで、北塚は南塚よりやや高い。昭和12年の調査時には、いずれも現在より高く記録されている。数百年のあいだに塚は沈み、半メートルほど低くなったとみられる。

指定にあたっての調査の時点では、二基とも何代も前に植えられた松をまだ載せていた。南塚の松は大きく、目通りの幹回りは四メートル近くあった。これらの松はその後枯れ、今は土の塚だけが残る。訪れる人は、頭上の木立ではなく地面に残る塚の形からこの里程標を読み取ることになる。

二つの塚のあいだの道に立つと、かつて藩の役人や商人、参詣者が日本海沿いを行き来したのと同じ、幅5.5メートルほどの通りに身を置くことになる。今は静かな道である。その静けさこそ、わざわざ立ち寄る価値を生んでいる。十七世紀の交通設備が、ほぼ築かれた場所のまま残っているからである。

宍道湖周辺の見どころ

塚は宍道湖の南に近く位置する。宍道湖は汽水の湖で、夕景と、浅瀬で獲れるシジミで知られる。湖畔の宍道はかつてこの街道の宿場でもあり、この一帯と交通との結びつきは古い。

訪問の拠点には、東へ十数キロメートルの松江が便利である。江戸初期に木造で建てられた松江城の天守は国宝で、現存する天守としては全国に十二基しか残らないうちの一つである。市街と湖南岸のあいだには玉造温泉がある。西へ進めば、道は出雲とその大社へと続く。

現地はJR山陰本線に近い。塚は幹線ではなく裏道沿いにあり、現地に整った観光設備があるわけではないため、車での訪問が最も分かりやすい。

Q&A

Q一里塚とは何ですか。
A江戸時代の距離標です。街道の両側に一里(約3.9キロメートル)ごとに対で築かれた土の塚で、旅人は道のりの目安に、人足は運賃の算出に用いました。多くは松や榎を植え、木陰を提供しました。
Q伊志見の塚はいつ築かれましたか。
A慶長12年(1607年)に松江藩が築きました。松江城以西の、藩が維持した山陰道沿いに位置します。四百年以上前のものです。
Q当時の松の木は今も見られますか。
A見られません。昭和12年の指定時には両塚とも大きな松を載せていましたが、その後枯れました。現在は土の塚のみが残っています。
Q自由に見学できますか。
Aできます。塚は公道沿いに開かれた形で残り、いつでも見ることができます。門や入場料、開館時間はなく、設備も少ないため、湖周辺の周遊のなかで短く立ち寄るのがよいでしょう。
Qほかの一里塚と比べた見どころは何ですか。
A道を挟んで対になる塚が二基とも残っている点です。両塚の約5.5メートルの間隔が江戸時代の街道幅をそのまま記録しており、塚だけでなく道そのものが残っている点に価値があります。

基本データ

名称伊志見一里塚(いじみいちりづか)
所在地島根県松江市宍道町伊志見
指定区分国指定史跡(昭和12年〈1937年〉6月15日指定)
時代江戸時代。慶長12年(1607年)に松江藩が築造
形態旧山陰道を挟んで南北に対をなす土の塚二基(間隔約5.5メートル)
管理団体松江市(平成18年〈2006年〉の合併以前は宍道町)
アクセスJR山陰本線沿い、松江市街の南西。車での訪問が便利
公開状況見学無料。常時見学可能

参考文献

伊志見一里塚 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/211000
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2195
しまね観光ナビ(公益社団法人島根県観光連盟)
https://www.kankou-shimane.com/destination/20934

最終更新日: 2026.05.28