電車を動かしてきた建物

一畑電車布崎変電所(いちばたでんしゃぬのざきへんでんしょ)は、島根県出雲市多久町にある昭和2年(1927年)建設の鉄道用変電所で、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に登録された。北松江線の布崎駅のすぐ西側に建ち、昭和29年(1954年)に増築されている。

この建物が生まれた理由は、大正末の経営判断にさかのぼる。一畑軽便鉄道が出雲今市と雲州平田を結んで開業したのが大正3年(1914年)、線路が一畑まで延びる途中で布崎に駅が設けられたのが翌大正4年2月である。当時の動力は蒸気機関車だった。会社が松江方面への延伸を構想した際、機関車を増やすのではなく電化を選ぶ。電化には受電した高圧を変換し、架線へ送り出す施設が要る。その場所として布崎が選ばれた。出雲今市と一畑のあいだを電車が走り始めたのは昭和2年10月のことである。

建物は装飾を抑えた長方形で、鉄筋コンクリート造の2階建、屋根は陸屋根。間口は約20メートル、奥行は約16メートル、建築面積289平方メートル。昭和29年に第二期の増築が加わったため、外壁は二つの年代を並べて見せている。

文化財の名称にある社名は現在の運営会社、一畑電車株式会社のものである。変電所を建てたのはその前身の一畑電気鉄道で、同社の名は出雲大社前駅舎の文化財名称のほうに残っている。

裏方の建物が登録された理由

登録は第69回、平成23年1月26日付、登録番号32-0159。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、同じ会社の出雲大社前駅舎が15年前に受けたものと同じ基準である。一畑電車はこの登録について、「我が国の鉄道経営史・産業史を語る上で欠かすことのできない建築物」という評価を紹介している。

意匠として見るべきところは、西側の当初部にある。立面は左右対称で、線は徹底して直線的。2階分を貫いて立ち上がる柱型が壁面を分節しており、古典建築の語彙でいう大オーダーの構成にあたる。窓枠の下では、コンクリートが持送りの形に造作されている。変圧器を収めるだけならどれも不要な要素だ。昭和2年の誰かが、地方私鉄の機械室であっても「組み立てる」のではなく「構成する」べきだと考えた痕跡である。

文化庁の解説はこれらの特徴を西側の当初部に限って記している。したがって昭和29年の増築部は、当初部と混ぜずに、対比しながら読むことができる。外から観察できる範囲でもっとも面白いのは、正面に沿って歩きながら二つの時期の壁を比べることだろう。

登録された産業建築の多くと違う点がひとつある。この建物は稼働をやめていない。一畑電車は、竣工以来現役で動き続けていると説明している。昭和2年から数えれば一世紀に近い年月であり、いまも電車が架線から引く電流を送り出している。ここでの保存は、引退やカフェへの転用や野外博物館への移築を意味しなかった。登録が認めたのは、当初の仕事を続けている機械である。

ホームから眺める

訪ねる前にはっきりさせておきたいことがある。ここは稼働中の電気設備であって、観光施設ではない。内部は非公開で、見学会も公開日も拝観時間も設定されていない。できるのは、公道や駅から外観を眺めることである。登録の理由となった立面を確かめるには、それで足りる。

手っ取り早いのは布崎駅で降りることだ。北松江線の駅番号10、単式ホーム1面1線の無人駅で、ホームは急なカーブの上に置かれている。乗降時の足元にはやや大きな隙間があるので注意したい。変電所は駅のすぐ西、歩いて1分もかからない位置にあり、周囲の低い家並みのなかで2階建のコンクリートの塊がはっきり見える。

車内にとどまる人には短縮版がある。雲州平田と湖遊館新駅のあいだを走る列車は建物の真横を通過し、数秒のあいだ窓を占めてからカーブの向こうへ去っていく。

駅のすぐ西には船川が流れている。かつて平田の町と周辺の集落のあいだで、船を使って物資を運んだ水路である。ホームに立つと、二つの世代の交通インフラが一望に入る。鉄道が来る前にこの地域の荷を運んだ水の道と、それに取って代わったものへ電気を送り続けている建物と。

実用的な情報を挙げておく。布崎駅の改札内にはトイレがあるが、きっぷ売り場はない。乗車前に購入するか、車内で運賃を精算する。公道やホームからの撮影に制限はないものの、柵越しに稼働中の機器へレンズを向ける意味はほとんどない。ハンドル形車椅子での駅の利用はできず、介助が必要な場合は一畑電車営業課(0853-62-3383、平日9時から17時)へ事前に連絡するよう案内されている。同社の登録有形文化財2件を一日で回るなら、川跡駅で大社線に乗り換え、午後をまるごと充てておきたい。

Q&A

Q一畑電車布崎変電所は内部を見学できますか。
A見学できません。現在も一畑電車へ電力を供給している稼働中の電気設備であり、内部は非公開です。見学会や公開日の設定もありません。外観は公道と布崎駅のホームから自由に眺められます。駅から西へ徒歩1分ほどの距離です。
Q布崎変電所はいつ建てられ、いつ文化財に登録されたのですか。
A西側の当初部が昭和2年(1927年)の建設、昭和29年(1954年)に増築されています。登録有形文化財(建造物)への登録は平成23年(2011年)1月26日、第69回登録、登録番号32-0159です。
Q布崎変電所は現在も稼働していますか。
A稼働しています。一畑電車は、昭和2年の竣工以来現役で動き続けていると説明しています。日本の鉄道で使われ続けている電気設備としてはかなり古い部類に入り、登録の評価もこの継続的な稼働の実績を含んでいます。用途を変えて保存された建物ではありません。
Q布崎変電所へは電車でどう行けばよいですか。
A一畑電車北松江線の布崎駅(駅番号10)で下車します。雲州平田駅と湖遊館新駅のあいだにあり、JR出雲市駅に隣接する電鉄出雲市駅からおよそ25分です。布崎は無人駅ですので、乗車前にきっぷを買うか、車内で運賃を精算してください。
Q布崎変電所の建築上の見どころはどこですか。
A昭和2年建設の当初部の立面です。左右対称で直線的な構成をとり、2階分を貫く柱型が大オーダーとして壁面を分節しています。窓枠の下にはコンクリートによる持送りが表されています。いずれも変電という機能には不要な造形で、機械のための建物に意匠を与えた判断が読み取れます。

基本情報

名称一畑電車布崎変電所(いちばたでんしゃぬのざきへんでんしょ)
所在地島根県出雲市多久町888-3他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 32-0159
指定年平成23年(2011年)1月26日登録(第69回)
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造2階建、陸屋根、間口約20メートル・奥行約16メートル、建築面積289平方メートル
所有者一畑電車株式会社
公開状況内部非公開(稼働中の電気設備)。外観は公道および布崎駅ホームから見学可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 一畑電車布崎変電所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008566
文化遺産オンライン 一畑電車布崎変電所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/199282
一畑電車株式会社 駅のご案内 布崎
https://railway.ichibata.co.jp/operate/route/%E5%B8%83%E5%B4%8E/
島根県 登録文化財
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tourokubunkazai2.html
出雲市 出雲市指定文化財一覧
https://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1142485283146/index.html

最終更新日: 2026.08.21