新町通りに東面する妻入町家

石橋家住宅主屋は、島根県出雲市平田町字新町834に建つ江戸末期の町家で、平成22年(2010年)4月28日に国の登録有形文化財(建造物)となった。地元では本石橋邸(ほんいしばしてい)の名で通っている。同じ通りの北側、新町831-1にかつての石橋酒造の建物があり、そちらは酒石橋邸と呼び分けられてきた。同姓の建物が近接するため、訪ねる際は番地で確認したい。

構造は木造平屋建の一部2階建、切妻造桟瓦葺で、建築面積は262平方メートル。柱を土壁で塗り込めた塗屋造の妻入である。妻を通りに向ける町家形式は山陰の商家に広く見られるもので、間口が狭くなりやすい。石橋家ではこれを補うため、左右に錣葺(しころぶき)の下屋を差し掛け、正面の幅を五間半まで押し広げている。

平田は宍道湖西岸から引かれた水路によって物資が集まる市場町として栄え、江戸期には雲州木綿の集散地となった。主屋の前を通る新町・片原町・宮の町の道筋が、現在「木綿街道」と呼ばれる一帯である。街道に沿う船川は大正期まで荷を運び、川端には荷揚げや水汲みに使われた石段状のカケダシが残る。

登録の理由と、年代をめぐる二つの説

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は32-0117、第67回登録で、官報告示は平成22年5月20日である。同じ日に同一敷地内の茶室(32-0118)と向座敷(32-0119)も登録された。3棟が一括で扱われた理由は通りに立てば見当がつく。主屋と向座敷が並んで街路の壁面を構成し、その背後に茶室と庭が控えるという配置そのものが、平田の町並みの成り立ちを示しているからである。

年代については注意が必要だ。文化庁の国指定文化財等データベースは主屋を江戸末期、西暦1830年から1867年の間に置く。一方、木綿街道振興会の解説は「1750年頃の建物」「築後250年」とし、およそ80年から100年古い。現地の案内は後者を採ることが多い。登録台帳が対象とするのは登録時点の建物本体であり、伝承の側は敷地の占有開始や先行する建物を指している可能性がある。本稿では公的記録に従って江戸末期としつつ、伝承の存在を併記しておく。

石橋家は出雲平野の新田開発に関与した地主だったと伝わる。石橋孫八(弘化4年〈1847年〉〜大正4年〈1915年〉)は明治5年(1872年)、自宅を校舎として郷校を開き、隣家の医師長崎堅造らとともに子弟を教えたという。当時の平田には六つの寺子屋・私塾があり、それらが統合されて島根県で最初の小学校の基礎になったと振興会は記す。町家が教育の場を兼ねた例として記憶されてよい。

正面の意匠と、おしにわの奥へ

まず通りを隔てて正面を見る。下階には平格子が入り、上階中央には庇付の格子窓が穿たれる。その腰まわりが海鼠壁で、平瓦を斜めに張り、目地を白漆喰で盛り上げてある。ここでは瓦が市松に組まれ、菱形の反復が生まれている。踏分石や延段の黒石にも菱形への好みが現れるという指摘があり、当主が石を好んだという言い伝えと重ねて語られることが多い。

格子は出雲格子、別名を親子格子という。長い二本と短い二本を組み合わせる割付で、京町家の細かな千本格子とも金沢の木虫籠とも異なる、山陰特有の粗い律動をもつ。棟には来待石が据えられている。宍道湖南岸の来待地区で採れる凝灰質砂岩で、灯籠や石垣に使われてきた青灰色の石材である。破風の下には家紋座が構えられ、地主の家格を控えめに主張する。

内部に入ると、土間が奥の台所まで一直線に抜けている。この地方では土間を「おしにわ」と呼ぶ。土間の右手が最初の部屋である「みせ」で、その先に「かんさんだなのした」と称する神棚を祀る部屋、さらに奥座敷へ通じる「あがりはなの間」が続く。呼称そのものが在地の生活語彙であり、間取りの説明としてよりも、この家に流れていた時間の記録として面白い。

見学は隣接する出雲市立木綿街道交流館(平田町841)で受け付ける。開館は9時から17時、休館日は火曜日で、火曜が祝日の場合は翌平日が休みとなる。ガイド付き入館料は1名1,000円、3名以上は1名500円。案内は日本語で行われ、通訳が必要な場合は事前に相談できる。問い合わせは0853-62-2631。一畑電車北松江線の雲州平田駅から徒歩約10分と近く、松江と出雲大社を結ぶ行程の途中に無理なく挟める。写真撮影は個人の記念程度であれば通常差し支えないが、交流館が街道全体の撮影許可窓口を兼ねているため、受付で一言確認するのが確実である。

Q&A

Q石橋家住宅主屋(本石橋邸)は見学できますか。入館料はいくらですか。
A見学できます。受付は隣の木綿街道交流館(出雲市平田町841)で、ガイド付き入館料は1名1,000円、3名以上は1名500円です。旅行サイトには200円や500円という古い記載が残っているため、訪問前に電話(0853-62-2631)で確認すると確実です。
Q石橋家住宅主屋への行き方と最寄り駅を教えてください。
A所在地は島根県出雲市平田町字新町834です。一畑電車北松江線の雲州平田駅から徒歩約10分。車の場合は木綿街道交流館の駐車場(数台)のほか、徒歩1分ほどの場所に有料駐車場があります。
Q石橋家住宅主屋はいつ頃の建物ですか。
A文化庁のデータベースは江戸末期、西暦1830年から1867年としています。地元の木綿街道振興会は「1750年頃」「築後250年」と案内しており、両者に約80年の開きがあります。公的記録としては前者が根拠となります。
Q石橋家住宅主屋と旧石橋酒造の建物は同じものですか。
A別の建物です。登録有形文化財である主屋は新町834にあり、本石橋邸と呼ばれます。新町831-1の旧石橋酒造は酒石橋邸と通称され、現在は宿泊施設として使われています。同じ通り沿いにあるため混同されやすい点に注意してください。
Q石橋家住宅主屋で見逃したくない意匠はどこですか。
A正面では、間口を五間半に広げる左右の錣葺の下屋、市松に組まれた海鼠壁、来待石の棟石、破風下の家紋座、そして出雲格子(親子格子)の割付です。内部では「おしにわ」と呼ばれる土間の抜けと、「みせ」から「あがりはなの間」へ続く部屋名の連なりが見どころになります。

基本情報

名称石橋家住宅主屋(いしばしけじゅうたくしゅおく)/通称 本石橋邸
所在地島根県出雲市平田町字新町834
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号32-0117 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成22年(2010年)4月28日登録/同年5月20日告示(第67回登録)
員数1棟
寸法建築面積262平方メートル 木造平屋建一部2階建 切妻造桟瓦葺 江戸末期(1830〜1867年)
所有者文化庁データベースに記載なし(見学受付は出雲市立木綿街道交流館)
公開状況ガイド付きで公開。9時〜17時、火曜休館(祝日の場合は翌平日)。1名1,000円、3名以上は1名500円。受付・問い合わせ 0853-62-2631

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 石橋家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008166
文化遺産オンライン 石橋家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/144697
木綿街道振興会 本石橋邸
https://momen-kaidou.jp/map/honisibasitei/
木綿街道振興会 木綿街道交流館
https://momen-kaidou.jp/map/momenkaidoukouryuukan/
しまね観光ナビ 出雲市立木綿街道交流館「本石橋邸」
https://www.kankou-shimane.com/destination/20683

最終更新日: 2026.08.05