神門通りの起点、道路をまたいで建つ鉄筋コンクリートの鳥居
出雲大社宇迦橋大鳥居は、島根県出雲市大社町杵築南の堀川に架かる宇迦橋北詰に建つ鉄筋コンクリート造の明神鳥居で、大正4年(1915年)に建立され、平成27年(2015年)11月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。「一の鳥居」「宇迦橋の大鳥居」とも呼ばれる。
高さは23メートル。柱径1.8メートル、基部の柱間14メートルという寸法は、鳥居が道路をまたぐために必要な幅である。参拝者だけでなく、路線バスも配送のトラックも、この下を日常的にくぐっていく。境内の結界というより、町の入口の構造物という顔をしている。
地元では「石の鳥居」と呼ばれることがある。少し離れて見た表面の色合いがそう思わせるのだが、近づけば材質はすぐに分かる。鉄筋コンクリート。大正4年当時、日本でこの工法が使われはじめてまだ十数年という段階だった。
出雲大社の参道には4基の鳥居が並ぶ。宇迦橋のこれが一の鳥居、勢溜の鋼管製が二の鳥居、松の参道の木造が三の鳥居、そして荒垣の手前に立つ寛文6年(1666年)の銅鳥居が四の鳥居で、こちらは重要文化財に指定されている。バスで正門前まで来た人は一の鳥居を通らないまま参拝を終えることになる。
着工から竣工まで二か月、一人の寄進で建った鳥居
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁のデータベースは、この鳥居を「近代に整備された参道景観を象徴的に演出している」と説明する。評価されたのは素材の希少性でも意匠の精緻さでもなく、出雲大社への道筋そのものを形づくった役割である。
その道筋は当時できたばかりだった。明治45年(1912年)に国鉄大社線が開通し、大正3年(1914年)に宇迦橋が架けられ、そこから北へ神門通りが引かれた。宇迦橋は、勢溜から延びる参道と同じ軸線をまっすぐ伸ばすため、川に対して斜めに架けられている。徒歩や船で訪れていた参拝者が鉄道で来るようになり、聖域への入口を示す標識が必要になった。
寄進したのは小林徳一郎(1870〜1956年)。現在の島根県邑南町にあたる山間部の生まれで、16歳で郷里を出て北九州の炭鉱に入り、小倉で請負業を興して土木建築の会社を率いるまでになった人物である。大正天皇の即位の大典が大正4年11月に京都で行われるのに合わせ、記念として奉納した。
施工は小林の会社が担当した。大正4年9月着工、同年11月竣工。出雲観光協会の記録によれば、作業員はのべ5000人、工事費は1万5280円だった。
道路の上に掲げられた扁額は3.6メートル×2.7メートル、畳にしておよそ6畳分にあたる。「出雲大社」の四文字は、出雲国造で貴族院議員・東京府知事・司法大臣も務めた千家尊福(1845〜1918年)の筆と伝わる。大筆を背に負って書いたという話も地元に残るが、これは口碑の域を出ない。
寸法にひとつ含みがある。延享元年(1744年)造営の御本殿(国宝)は高さおよそ24メートル。鳥居はそれより1メートルほど低い。指し示す建物を超えない配慮とする説明が広く行われており、この解釈自体が鳥居の受け取られ方の一部になっている。
訪れるときに見ておきたいところ
拝観料も拝観時間もない。公道上に建っているので、いつ行っても見られるし、撮影の制限もない。夜間はライトアップされ、昼とは量感がまるで変わる。
正面から捉えるなら、堀川の南岸に立って北を向くとよい。道路が鳥居をくぐって神門通りへまっすぐ抜けていくのが分かり、鳥居が街路を額装しているように見える。柱に近づくと、コンクリート表面に型枠の板目が横方向のかすかな筋として残っているのに気づく。柱がわずかに膨らむエンタシスも再現されている。木や石の鳥居では当たり前の造形を、伝統を持たない材料で写し取った箇所である。
足元の宇迦橋も新しくなった。昭和12年(1937年)架設のコンクリート橋が老朽化し、令和3年(2021年)から架け替え工事が進められ、令和7年(2025年)12月21日に開通記念式典が開かれた。大社神謡としゃぎり太鼓が披露されている。
鳥居から勢溜の二の鳥居までは神門通りを北へおよそ700メートル、歩いて10分から15分ほど。出雲そばやぜんざいの店が続く。一畑電車の出雲大社前駅は通りの途中にあり、鳥居からは南へ徒歩5分ほど。JR出雲市駅からは一畑バスで正門前まで約25分、電鉄出雲市駅から川跡乗り換えの一畑電車でもほぼ同じ時間で着く。
東へ徒歩10分ほどの場所には旧大社駅がある。大正13年(1924年)築の木造駅舎で、平成2年(1990年)に大社線が廃止された後も残され、平成16年(2004年)に重要文化財となった。令和3年から5年をかけた保存修理工事を終え、令和8年(2026年)4月15日に公開を再開している。この鳥居が向き合っていた「玄関」が、およそ100年前の姿で戻ったことになる。
なお、同じ日に登録された大正期の建物が境内にもうひとつある。御本殿の北西に建つ彰古館(大正3年築)で、こちらは木造の小さな宝物館である。町のはずれのコンクリートと、境内奥の杉材。同じ時期の出雲大社が抱えていた二つの方向が、そのまま形になっている。
Q&A
- 出雲大社宇迦橋大鳥居はいつでも見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 公道上に建つ構造物のため、時間の制限も拝観料もありません。撮影も自由です。夜間はライトアップされています。
- 出雲大社宇迦橋大鳥居へはJR出雲市駅からどう行けばよいですか。
- JR出雲市駅から一畑バスの出雲大社・日御碕方面行きで約25分、正門前で降りると二の鳥居に着きます。一の鳥居はそこから神門通りを南へ約700メートルです。一畑電車を使う場合は電鉄出雲市駅から川跡乗り換えで出雲大社前駅へ向かい、駅から南へ徒歩5分ほどで着きます。
- 出雲大社宇迦橋大鳥居の大きさと材質を教えてください。
- 文化庁のデータベースでは高さ23メートル、幅14メートル、鉄筋コンクリート造とされています。解説文にはさらに柱径1.8メートル、基部柱間14メートルと記されています。形式は明神鳥居です。
- 出雲大社宇迦橋大鳥居は誰が建てたのですか。
- 現在の島根県邑南町出身で北九州を拠点に土木建築業を営んだ小林徳一郎が、大正天皇即位の大典を記念して寄進しました。施工も小林の会社が行い、大正4年9月に着工して同年11月に竣工しています。
- 出雲大社宇迦橋大鳥居と勢溜の大鳥居は同じものですか。
- 別のものです。勢溜に立つのは二の鳥居で、高さ8.8メートルほどの鋼管製です。宇迦橋大鳥居は4基あるうちの一の鳥居で、神門通りの南端、勢溜から約700メートル手前に建っています。
基本情報
| 名称 | 出雲大社宇迦橋大鳥居(いずもおおやしろうがばしおおとりい) |
|---|---|
| 所在地 | 島根県出雲市大社町杵築南1387-5他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 32-0175 |
| 指定年 | 平成27年(2015年)11月17日登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造、高さ23メートル、幅14メートル(柱径1.8メートル、基部柱間14メートル) |
| 所有者 | 宗教法人出雲大社 |
| 公開状況 | 公道上に所在し常時見学可能。拝観料なし、撮影自由 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/出雲大社宇迦橋大鳥居
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010888
- 文化遺産オンライン(文化庁)/出雲大社宇迦橋大鳥居
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/280643
- 出雲観光ガイド(一般社団法人出雲観光協会)/宇迦橋の大鳥居
- https://izumo-kankou.gr.jp/spot/215
- 出雲大社 公式サイト/交通アクセス
- https://izumooyashiro.or.jp/access
- 出雲市/旧大社駅のご紹介
- https://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1443234597105/index.html
最終更新日: 2026.08.21