多古の七ツ穴 — 島根半島最北端に広がる神秘の海食洞窟群
島根半島が日本海に向かって最も北に張り出すその先端、多古鼻岬。高さおよそ50メートルの絶壁が400メートルにわたって連なるこの海岸線には、長い歳月をかけて波が彫り上げた巨大な洞窟群が眠っています。海上から数えると正面に七つの洞口が並んで見えることから「多古の七ツ穴」と呼ばれ、昭和7年(1932年)に国の天然記念物に指定された、山陰屈指の景勝地です。
大山隠岐国立公園の一部であり、島根半島・宍道湖中海ジオパークのジオサイトにも数えられるこの場所は、観光客であふれる名所とは一線を画す、静謐で原初的な美しさをたたえています。海から仰ぎ見る断崖、洞窟内に差し込む光、青く澄み渡る海水。ここでしか出会えない自然の造形美をご紹介します。
多古の七ツ穴とは
多古の七ツ穴は、松江市島根町の北岸、沖泊(おきどまり)から瀬崎にかけて広がる海食崖の基部に形成された洞窟群を指します。崖は集塊岩と凝灰岩が幾重にも重なる火山性の岩盤で、ほぼ垂直に切り立っており、波が打ち寄せる岸壁には大小九つ以上の洞口が一直線に並んでいます。
正面の海上から眺めると、九つの洞口のうち七つがひと目で見渡せる位置に並んでおり、これが「七ツ穴」という名の由来です。洞窟は別々に独立しているのではなく、内部で互いに通じ合い、海岸線とほぼ平行に走る一つの大洞窟を形成しています。天井の高さは10メートルから20メートルに及び、中央の大きな洞口は小舟が通り抜けることができる規模です。船で内部に進めば、光と水と岩が刻々と表情を変える、まるで大聖堂のような空間が広がります。
大地が刻んだ造形美
この海岸の岩盤は、集塊岩と凝灰岩が層をなしてできています。およそ2,000万年前、日本海が形成される過程で活発化した海底および沿岸の火山活動によって積み重なったものです。その後、地殻の隆起と日本海の絶え間ない波の浸食、そして西北西から東南東に走る大断層に沿って岩盤が割れたことが組み合わさり、軟らかい部分から優先的に削り取られて、今日の洞窟群が形づくられました。
東側にある小洞のひとつには、天井が陥落してできた円い穴があり、晴れた日にはそこから日光が差し込んで洞内を照らします。この光景はイタリアのカプリ島・青の洞窟を思わせるとして、近年では「日本の青の洞窟」と紹介されることもあります。
なぜ国の天然記念物に指定されたのか
多古の七ツ穴は、昭和7年(1932年)7月23日に国の天然記念物に指定されました。日本の天然記念物制度の比較的初期に登録された貴重な事例の一つで、指定の根拠となったのは、層理構造をもつ火山岩海岸における海食地形の代表例として、学術的にも景観的にも極めて高い価値があると認められたことです。
この地が他の海食洞と一線を画す特徴はいくつかあります。第一に、その規模です。海岸線とほぼ平行に約400メートルにわたって連続する大洞窟と、その上に並ぶ複数の洞口という構造は、日本国内でも類例の少ない地形です。第二に、断層線と洞窟形成の関係が極めて明瞭に観察できる点です。地質構造が海食地形の発達をいかに左右するかを示す教材として、現在も研究上の意義を保っています。第三に、集塊岩と凝灰岩という二種類の火山性堆積岩が織りなす独特の表面組織や風化模様も、地質学的観察の対象となります。そして第四に、垂直の断崖、深い洞窟、そして日本海の刻々と変わる海の色が織りなす劇的な景観美が、指定当初の評価で特に高く評価されました。
さらに現在、多古の七ツ穴は日本ジオパーク認定の「島根半島・宍道湖中海ジオパーク」のジオサイトにも組み込まれており、島根半島が日本海の拡大とともに形成された地球史を物語る場所として、教育面でも活用されています。
見どころ
加賀港から出航する遊覧船「多古鼻コース」は所要約80分。途中の海岸景観を眺めつつ、最後に七ツ穴へと至るルートで、以下のような見どころが続きます。
- 海から仰ぐ大断崖:船が多古鼻岬に近づくにつれて姿を現す、高さ50メートル・延長400メートルの大絶壁。要塞の窓のように並ぶ洞口の景観は、この場所を象徴する瞬間です。
- 大洞窟への進入:海況が穏やかな日には、中央の大きな洞口から船が内部へと進みます。日差しの下から、岩肌に反射するやわらかな光に包まれる洞内へ — 一瞬で世界が切り替わる体験です。
- 天窓のある洞穴:東側の小洞には天井の崩落によって生じた円い穴があり、晴天時の特定の時間帯には日光が垂直に降り注ぎ、洞内をスポットライトのように照らします。
- 「日本の青の洞窟」と呼ばれる青の輝き:夏の好条件の日には、複数の洞口から差し込む光が水面に反射し、洞内が幻想的な青に染まります。地元のガイドが「青の洞窟」と呼ぶゆえんです。
- U字型の二連洞口:大洞窟の東側には、二つの洞口が崖の中で合流して細長いU字形をなす構造があり、波と岩盤の不均一な浸食を物語る貴重な地形です。
- 枕木穴:大洞窟の西側にある別系統の洞窟。入口から数十メートルは小舟で進入できますが、奥には磧礫が堆積しており、その全貌は今なお十分に調査されていません。
訪問情報
多古の七ツ穴は、その性質上、海上からしか鑑賞できません。崖の上は人里離れた岬で観光施設はなく、現実的な訪問手段は加賀港から出航する遊覧船一択となります。
アクセス
遊覧船の発着拠点は「マリンプラザしまね」で、松江市中心部から島根半島を北上して車でおよそ30分です。鉄道による直接アクセスはなく、レンタカー、タクシー、または島根町方面の路線バスが基本の交通手段となります。マリンプラザしまねには無料の駐車場が完備されています。
遊覧船について
マリンプラザしまねからは季節運航で2種類のコースが運航されています。短い「潜戸(くけど)コース」(約50分)は加賀の潜戸のみを巡るルートで、多古の七ツ穴までは行きません。七ツ穴を目指すには、潜戸 → 的島 → 白滝鼻 → 多古鼻 → 七ツ穴と巡る「多古鼻コース」(約80分)を選ぶ必要があります。近年の運航シーズンでは料金は大人2,000円・小人1,000円程度で、運航期間は3月から11月まで。日本海特有の西風が吹くと欠航となることが多いため、出発前にマリンプラザしまねへ運航状況を確認することを強くおすすめします。
重要なのは、「多古鼻コース」は乗船前日までの予約が必要という点です。当日受付では乗船できないことがほとんどですので、計画段階で予約を済ませておきましょう。料金や時間は変更される可能性がありますので、最新情報は必ず公式の窓口にご確認ください。
おすすめの時期
晩春から初秋にかけてが最も天候が安定し、海も穏やかです。とりわけ夏の午前中は太陽が高く水も澄んで、洞窟内に最も鮮やかな青の光が広がります。秋は空気が澄んで景色が際立つ一方、風が強まる日も増えていきます。冬期は日本海の荒天により遊覧船は運休となります。
周辺の見どころ
島根半島の北岸は、日本でも屈指の地質景観と古代神話が交錯するエリアです。多古の七ツ穴を訪れる際には、以下のスポットも合わせて巡るとより充実した旅になります。
- 加賀の潜戸(旧潜戸・新潜戸):遊覧船の同じ航路で訪れることのできる二つの大洞窟。『出雲国風土記』に佐太大神(さだのおおかみ)の生誕地と記される「新潜戸(神潜戸)」と、賽の河原伝説の残る「旧潜戸(仏潜戸)」は、神話と自然が交わる聖地です。
- 築島の岩脈:多古鼻岬の東に浮かぶ小島・築島(つきしま)は、北東部の崖に多数の岩脈が複雑な形で露出しており、多古の七ツ穴と並んで国の天然記念物に指定されています。
- 佐太神社:松江市鹿島町に鎮座する出雲国二宮。佐太大神を主祭神とする由緒ある神社で、出雲を代表する古社の一つです。
- 松江城:南方およそ30キロに位置する国宝。現存12天守の一つに数えられる希少な城で、島根観光の起点として外せない名所です。
- 島根半島・宍道湖中海ジオパーク松江ビジターセンター:マリンプラザしまね2階に併設された施設。乗船前後に立ち寄れば、島根半島の地質と景観についての理解が一段と深まります。
Q&A
- 洞口が九つあるのに、なぜ「七ツ穴」と呼ばれているのですか?
- 名称の由来は、海上の正面から崖を眺めたときに一望できる洞口の数です。その視点からは七つが綺麗に並んで見え、残る二つは角度の関係で見えにくい位置にあります。少なくとも昭和初期の指定時から、この呼び名が定着しています。
- 陸からも見学できますか?それとも遊覧船が必須ですか?
- 実質的には海上からしか鑑賞できません。崖の上は人里離れた岬で、近づくこと自体が安全面で困難です。マリンプラザしまね(加賀港)から出る「多古鼻コース」の遊覧船を利用するのが、現実的な唯一の方法となります。
- 遊覧船は予約が必要ですか?
- はい、必要です。多古の七ツ穴を巡る「多古鼻コース」は、乗船前日までの予約が必須です。なお、七ツ穴までは行かない短い「潜戸コース」は運航期間中(3月〜11月)であれば予約なしで乗船できることが多いです。
- 訪れるのにおすすめの季節はいつですか?
- 晩春から初秋、特に6月から9月にかけてが最も気候が安定し、海も穏やかで、洞窟内の青い光も最もよく見られます。冬は日本海の荒天のため遊覧船は運休となります。
- なぜ「日本の青の洞窟」と呼ばれることがあるのですか?
- 複数の洞口から差し込む日光が、互いに通じ合う洞窟内の透明度の高い水に反射し、内部が鮮やかな青色に染まる時間帯があるためです。イタリア・カプリ島の青の洞窟を彷彿とさせるこの光景は、天候や時刻によって表情を変え、好条件で出会えれば山陰海岸でも屈指の絶景となります。
基本情報
| 名称 | 多古の七ツ穴(たこのななつあな) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和7年(1932年)7月23日 |
| 所在地 | 島根県松江市島根町 |
| 立地 | 島根半島最北端の多古鼻岬 |
| 断崖規模 | 高さ約50メートル、延長約400メートル |
| 地質 | 集塊岩と凝灰岩の互層(中新世の火山活動による形成) |
| 洞窟構造 | 大小九つ以上の海食洞が内部で通じ合う一連の洞窟群。海上正面からは七つの洞口が一望できる |
| 洞内の高さ | 約10〜20メートル |
| 管理団体 | 松江市 |
| 関連指定 | 国指定天然記念物/大山隠岐国立公園/島根半島・宍道湖中海ジオパーク ジオサイト |
| アクセス | 加賀港マリンプラザしまね発「多古鼻コース」遊覧船で約80分。要事前予約。運航期間は3月〜11月(荒天時欠航) |
参考文献
- 文化遺産オンライン「多古の七ツ穴」(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/162018
- しまね観光ナビ「多古の七ツ穴」
- https://www.kankou-shimane.com/destination/20804
- 島根県「大山隠岐国立公園 多古の七つ穴」
- https://www.pref.shimane.lg.jp/tourism/nature/shizen/shimane/shimane_kouen/kokuritu_kokutei/daisen-oki/shimane-hantou-tobu/nanatu-ana.html
- 海のまち島根町公式観光ガイド・チカウミさんぽ「多古の七つ穴」
- https://umimachi-shimanecho.jp/archives/494
- 松江観光協会「加賀の潜戸観光遊覧船」
- https://www.kankou-matsue.jp/kankou/desc/?cat=体験&spot=57523
- 島根半島・宍道湖中海ジオパーク
- https://kunibiki-geopark.jp/
- 島根まるごとミュージアム「多古の七ツ穴」(島根大学総合博物館アシカル)
- http://museum-database.shimane-u.ac.jp/marugoto/81
最終更新日: 2026.04.29