築島の岩脈 — 白い凝灰岩を貫く黒い火成岩、島根半島北端の天然記念物
島根半島の北端、瀬崎漁港の沖合約0.6キロメートルに浮かぶ無人島の海食崖が、昭和7年(1932年)7月23日に国の天然記念物に指定された。面積わずか0.5平方キロメートルほどの島でありながら、白い凝灰岩を貫く黒い安山岩の岩脈が、層に沿って走るもの、垂直に切るもの、分岐するもの、削蝕されて単独に残ったものまで、ほとんど教科書のすべての類型を集めて見せる。狭い区域にこれほど多様な岩脈の様相が集中する場所は、全国を見渡しても稀である——指定理由は、ほぼこの一文に尽きる。
築島は周囲約3.5キロメートル、最高点76メートル。大山隠岐国立公園に含まれ、島根半島・宍道湖中海ジオパークのジオサイトにも認定されている。地名の読みは公式の指定では「つくしま」と振られているが、地元の観光案内やジオパーク資料では「つきしま」と記されることが多い。
島そのものが地下構造の標本
日本の火山的風景というと、富士山のような円錐や火口湖を思い浮かべがちだが、築島が見せるのはむしろその「裏側」だ。煙突ではなく配管、地上の山体ではなく地下のマグマ通路にあたる構造が、海食崖の断面として裸のまま露出している。
島全体は第三紀の火山性堆積物——灰白色の凝灰岩を中心に、火山角礫岩、凝灰角礫岩が層をなしている。この地層が固まった後、別の時代に黒い安山岩質マグマが既存の割れ目や層理面に沿って迸入し、冷えて固まった。垂直方向の割れ目を上昇したものが「岩脈」、地層と地層の境界面を水平にすべり込んだものが「層脈」(シル)と呼ばれる。築島の西北隅断崖では、ほぼ平行に走る二条の層脈が約3メートルの間隔で並び、それを垂直に貫く岩脈が両者を梯子のように連絡しながら上方へ伸びている。さらに交差部からは一枚の薄い岩脈が枝分かれする。
凝灰岩はほぼ白に近い灰色、安山岩はほぼ黒。色のコントラストが地質構造を読みやすくしており、地学の予備知識がない訪問者でも、ここで何が起きたのかを目で追うことができる。
指定理由 — 一区域に集まる多様な岩脈相
昭和7年の指定説明文は古典文語で書かれているが、結びの一文は明快だ。「カク多數ノ岩脈ガ小區域ニ集リテ種々ノ現出状態ト削蝕状態トヲナセルハ稀ニ見ル所ナリ」。多数の岩脈がこれほど小さな範囲に集中し、しかも露出と削蝕の状態が互いに異なるさまを並べて見せる場所は珍しい——という意味になる。
その「種々ノ現出状態」を海岸線に沿って数えてみる。西北の断崖には先述の二条の層脈と連絡岩脈、分枝岩脈。そこから西へ数十メートル進むと、南北に走る別の岩脈があり、凝灰岩との接触部分は波の侵食を受けて洞門になっている。さらに西側には南北に並ぶ小さな岩塊の列がある。これらはかつて凝灰岩の中に挟まれていた岩脈で、軟らかい母岩が削り取られた結果、堅い岩脈だけが海上に残ったものだ。東南側にも北西から南東に走る岩脈があり、堤防のように海中へ連なる。東岸には洞門が二つ穿たれている。
地質学者にとってはまさに野外実習の教場であり、それ以外の訪問者にとっても、海と風と時間が地下構造を彫り出していく過程を、ひと続きの海岸線で読み解くことができる稀有な場所である。
島を見るには
築島は無人島で、定期航路は通っていない。上陸は基本的にできない。最も近い港は対岸の瀬崎漁港で、海岸線の道路や周辺の岬から島影と岩脈の入った崖を望むことができる。瀬崎には、かつて海からの来襲を監視するための「瀬崎の戌(まもり)」が置かれていたと伝えられ、当時から海上の備えの要となる地形であった。
もっとも迫力ある眺めは海上から得られる。島根半島北岸を巡るチャーター船や遊覧船が、季節と海況によっては築島近くを通る。波の穏やかな晩春から初秋にかけてが撮影には適しており、午前中の斜光が崖面の岩脈を浮き立たせる。冬場は強い北西風と高い波で、小型船による接近は難しくなる。
なお、文化財保護法により、岩石・植物・動物の採取は禁じられている。崖や周辺の海域はそのまま残し、目と写真だけで楽しむのが原則となる。
周辺の見どころ
同じ海岸線には、築島と並んで見ておきたい自然景観がいくつもある。西側のすぐ近くには国天然記念物の多古の七ツ穴。日本海の波が火山岩の崖を抜いて連続する海蝕洞門の列だ。さらに先には加賀の潜戸(くけど)があり、奈良時代の『出雲国風土記』に佐太大神(さだのおおかみ)の誕生の地として記される双子の海食洞窟である。
多古鼻の岬には平成17年(2005年)に開園したマリンパーク多古鼻があり、海を見下ろすキャビン、展望浴場、キャンプサイトが整備されている。日の出と日の入りを同じ場所から望める珍しい岬として知られる。
島根半島を東へ進めば、漁業の町・野波、温泉港の御津、そして美保神社の門前町・美保関に至る。内陸へ向かえば、城下町であり、宍道湖の水景とラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ゆかりの旧居でも知られる松江市街までは車で1時間半ほど。築島の岩脈は、こうした島根半島の自然と歴史を巡る旅の中で、ぜひ立ち寄りたい一節となる。
Q&A
- 築島に上陸できますか。
- 基本的にできません。定期航路はなく、桟橋もない無人島で、文化財保護の観点からも上陸は推奨されていません。対岸の瀬崎周辺や多古鼻からの遠望、もしくは半島北岸を巡る遊覧船・チャーター船からの眺めをおすすめします。
- 「岩脈」とは何ですか。
- マグマが既存の岩石の割れ目に貫入し、その場で冷え固まってできた板状の火成岩体を指します。割れ目が垂直に近い場合は岩脈(ダイク)、地層の層理面に沿った水平のものは岩床(シル、または層脈)と呼ばれます。築島では両者が同じ崖の上で交差して見えます。
- 西側に並ぶ小島はどうしてできたのですか。
- かつて凝灰岩層の中に挟まっていた岩脈の名残です。長い年月をかけて海食が進み、軟らかい凝灰岩は削り取られ、堅い安山岩の岩脈だけが立ち姿のまま海上に残りました。地質の堅軟差が形をつくった、地形学的にも示唆的な景観です。
- いつ訪れるのが良いですか。
- 海況が穏やかな4月下旬から10月上旬が船からの観察に向いています。日本海側特有の冬季の強い北西風と高波の時期は、遊覧船の運航も限定的で、近接しての撮影は難しくなります。
- 読みは「つきしま」と「つくしま」のどちらですか。
- どちらも使われています。昭和7年の国の指定告示では「つくしま」と振られていますが、地元のジオパーク資料や観光案内では「つきしま」と表記されることが多く、現在は両読みが併存しています。
基本情報
| 名称 | 築島の岩脈(つきしま/つくしま のがんみゃく) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和7年(1932年)7月23日 |
| 所在地 | 島根県松江市島根町野波 |
| 座標 | 北緯35度35分31秒、東経133度07分23秒付近 |
| 島の面積 | 約0.5平方キロメートル |
| 周囲 | 約3.5キロメートル |
| 最高標高 | 約76メートル |
| 地質 | 第三紀の凝灰岩・火山角礫岩・凝灰角礫岩を母岩とし、安山岩質の岩脈および層脈が貫入 |
| 管理団体 | 松江市(旧島根町、平成18年1月1日合併以前) |
| アクセス | JR松江駅からバスで瀬崎方面へ。対岸の海岸線や半島北岸を巡る船からの遠望のみ。定期航路・上陸不可。 |
| その他 | 大山隠岐国立公園内/島根半島・宍道湖中海ジオパークのジオサイト |
参考文献
- 文化遺産オンライン「築島の岩脈」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139327
- 島根半島・宍道湖中海ジオパーク「築島の岩脈」
- https://kunibiki-geopark.jp/geosite/築島の岩脈/
- 島根まるごとミュージアム「築島の岩脈」
- http://museum-database.shimane-u.ac.jp/marugoto/80
- 島根県「国指定文化財一覧【天然記念物】」
- https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tennenkinenbutu.html
最終更新日: 2026.05.17