面谷家住宅店舗兼主屋 ― 間口一〇間、境水道に向いた醸造家の顔

間口が一〇間ある。約一八メートル。町家としてはかなりの長さで、鳥取県境港市花町の面谷家住宅店舗兼主屋は、その長い西面を境水道南側の通りに向けて建っている。水道を挟んだ対岸はもう島根県である。建てられたのは明治前期、西暦でいえば一八六八年から一八八二年のあいだとされる。

文化庁の解説は、この建物の意味を一行で言い切っている。境港に残る数少ない醸造家の遺例。面谷家は酒や醤油の醸造を営んだ商家と伝えられ、幕末には鳥取藩の御廻米所や台場が置かれた花町の一角に居を構えていた。

構造は木造平屋一部二階建、瓦葺、建築面積一八〇平方メートル。数字だけ見れば突出したものではない。この家の存在感は高さではなく、通りに沿って伸びる長さから来ている。

登録有形文化財という選択

登録は平成二六年(二〇一四年)四月二五日、第七七回登録、登録番号は31-0187。同じ敷地に建つ面谷家の他の三棟も、同日に登録されている。

ここで「登録」と「指定」の違いを押さえておきたい。国宝や重要文化財は「指定」であり、現状変更には許可が要る。保護は手厚いが、その分だけ数は絞られる。いっぽう登録有形文化財は、平成八年(一九九六年)の文化財保護法改正で導入された制度で、規制は意図的に緩い。所有者は建物を使い続けながら、大きな改変があれば届け出る。許可を取りに行くのではなく、届け出る。この差は小さいようで大きい。

この制度が念頭に置いていたのは、まさしく面谷家住宅のような建物である。明治・大正期に建てられ、いまも私有され、いまも生活や事業の器として使われ、そして災害よりもむしろ静かな取り壊しによって失われていく建築群。指定制度の網からこぼれ落ちてきたものを、緩やかに、しかし確実に拾い上げる仕組みだった。

面谷家に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。この文言は額面どおりに読んでいい。建築として傑出していると言っているのではない。花町が花町らしく見えるのは、この屋根がまだそこにあるからだ、と言っているのである。

正面を読む

まず屋根から。切妻造の桟瓦葺で、前後に下屋が差し掛かる。上の大屋根と、その足元に一段低く伸びる下屋。この段差のある輪郭が町家の定型で、しかも実用的だ。下屋は一階の開口部を雨風から守り、大屋根は雨水の大半を受け流す。

その上下のあいだ、正面側にあるのが「つし」である。屋根裏の低い中二階で、人が立てるほどの高さはない。物置として使われ、一階の熱を逃がしにくくする役目も担った。面谷家のつしは、木部の上から漆喰を塗り込めてある。そして虫籠窓が穿たれている。

虫籠窓。太い漆喰の縦桟を等間隔に並べた窓で、名のとおり虫かごの格子に似る。風と光をわずかに通す。同時に、木を露出させないから燃えにくい。木造家屋が軒を接して並ぶ町では、これが切実な意味を持った。

少し離れて全体を眺めると、構図がはっきりする。北隣の道具蔵が妻面を道路に向けて建ち、主屋と組んで屋敷の正面構えをつくっている。

壁の向こうの間取り

内部は公開されていない。それでも記録に残る平面を頭に入れておくと、外から眺める時間の質が変わる。

南端は土間である。踏み固めた土の床が、通りから敷地の奥へと通っている。醸造を生業とする家では、ここが仕事場であり、客が立つ場所でもあった。その北側、板床の上に六間取が展開する。三室を二列に並べる間取りで、西日本の裕福な町家に広く見られる形式だ。商いの場と暮らしの場を、無駄な面積を使わずに切り分ける。

北東隅の座敷が、この家のいちばん改まった部屋である。座敷飾を備える。つまり床の間まわりの造作が整えられている。北東という位置は、通りからも土間からも平面上いちばん遠い。静かで、私的で、そこへ通されるのは家がきちんと迎えたい相手だけだった。

訪ねるにあたって

面谷家住宅は面谷合名会社が所有する私有建築で、内部の公開はない。できるのは通りを歩いて外観を見ることであり、登録基準が語っているのも、突き詰めればその一点である。外観こそが本題なのだ。見学は道路上から。敷地には立ち入らないこと。

所在は花町八番地。この一帯は足を延ばす価値がある。花町一〇番地の境台場公園には国史跡・境台場跡が残る。文久三年(一八六三年)に築かれた鳥取藩八台場のひとつで、そのなかで最大規模を誇った。昭和六三年(一九八八年)七月二七日に国史跡指定。明治三〇年(一八九七年)に境町へ払い下げられて以来、地元では「お台場」と呼ばれてきた。土塁の上にはいま約二四〇本の桜が育つ。公園北東隅の灯台は、明治二八年(一八九五年)に開設された山陰最初の灯台を平成三年(一九九一年)に復元したものである。

公園に隣接する海とくらしの史料館は、明治期の酒蔵を改修した建物を使っている。境港の醸造建築の内部がどういう空間なのか、実際に確かめられる数少ない場所だ。境港駅からは水木しげるロードを東へ約一・八キロメートル。

Q&A

Q建物の中に入って見学できますか。
Aできません。面谷合名会社が所有する私有建築で、内部は公開されていません。見学は通りからの外観のみとなります。敷地内には立ち入らないでください。
Q登録有形文化財は重要文化財とどう違うのですか。
A登録有形文化財は平成八年の文化財保護法改正で始まった制度で、規制は指定より緩やかです。所有者は大きな改変を届け出る形で、建物を使いながら守っていきます。重要文化財や国宝は「指定」で、件数は少なく、現状変更には許可が必要です。
Q面谷家はどんな家業を営んでいたのですか。
A醸造業を営んだ商家です。文化庁は本建物を「境港に残る数少ない醸造家の遺例」と記しています。地元の資料では、酒や醤油を手がけた家と伝えられています。
Q正面上部の白い格子窓は何ですか。
A虫籠窓です。屋根裏の低い中二階である「つし」に穿たれた窓で、漆喰を塗り込めた太い縦桟が並びます。通風を確保しつつ、木部を露出させないため火に強いという利点がありました。
Q同じ敷地の他の建物も文化財ですか。
Aはい。道具蔵、旧砂糖蔵、新座敷(旧精米所)の三棟が、同じ平成二六年四月二五日に登録番号31-0188から31-0190で登録されています。いずれも同一敷地内に建ちます。

基本データ

名称面谷家住宅店舗兼主屋(おもたにけじゅうたくてんぽけんしゅおく)
所在地鳥取県境港市花町8
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号31-0187(第77回登録)
登録年月日平成26年(2014年)4月25日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代明治前期(1868~1882年)
構造及び形式等木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積180㎡
所有者面谷合名会社
公開状況内部非公開。外観のみ通りから見学可。JR境線・境港駅から東へ約1.8km

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅店舗兼主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010044
文化遺産オンライン 面谷家住宅店舗兼主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/232471
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
とっとり文化財ナビ「境港市」の文化財(鳥取県)
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/navi3_12.htm
境港観光ガイド 歴史・風土スポット紹介
https://www.sakaiminato.net/about/history-spot/

最終更新日: 2026.07.16