面谷家住宅旧砂糖蔵 ― 土蔵のなかの洋間
名前が問いを含んでいる。砂糖のために蔵を建てる。それは砂糖が、鍵をかけて守るに値する商品だったということだ。
鳥取県境港市花町、面谷家の敷地の南端にこの蔵は建つ。店舗兼主屋の南に棟を連ねる格好で、二つの屋根が通りに沿って一本の線に見える。土蔵造二階建、瓦葺、建築面積四七平方メートル。登録された面谷家四棟のうち最も小さく、敷地南西隅の景観を引き締める役割を担う。
文化庁の記録では明治後期、一八九八年から一九一二年の建築。そして昭和一九年(一九四四年)に改修が入っている。
砂糖に蔵が要る理由
明治期の砂糖は台所の常備品ではない。輸入品であり、高価であり、そして商人にとって厄介な性質を持っていた。砂糖は空気中の水分を吸う。日本海側の湿った蔵に置けば固まり、滲み、目方が落ちる。目方は売り値そのものである。土蔵の厚い土壁は、季節をまたいで湿度を動かさない。砂糖を置く容器としては、これに近いものはなかった。
時期が興味深い問いを呼ぶ。境港が外国貿易港に指定され、神戸税関境支署が置かれたのは明治二九年(一八九六年)一〇月。この蔵が建つのは、その直後の年代にあたる。面谷家の砂糖がその貿易を経たものか、国内の問屋を通したものか、資料からは分からない。分かるのは、この通りの醸造家が、砂糖に専用の防火建築を与えるだけの価値を認めていたということだ。
面谷家は酒や醤油の醸造を営んだと伝わる商家である。醸造家の屋敷に砂糖蔵がある。それは、この家の商いが一本ではなかったことを示している。
そこにあるはずのない部屋
内部は二室に分かれる。南は土間で、その上、二階に部屋が設けられている。北は洋間である。
明治の蔵に洋間。これは妙だ。土蔵の内部はふつう、そっけないほど簡素につくられる。板張りか土間の床、あらわしの構造、燃えるものを置かず、手入れに金のかかるものも置かない。洋間となれば話が違う。仕上げた床があり、天井があり、造作がある。物を積むためではなく、人が座るための部屋の語彙が一式そろっている。
西正面には出窓と格子窓が穿たれる。出窓もまた、防火の箱には似合わない。開口部はどれも殻を弱くするし、出窓はガラスを壁面より外へ押し出す。土蔵の理屈とは正反対の身振りである。
つまり、どこかでこの建物は蔵であることをやめた。文化庁の記録は昭和一九年の改修を記すが、それがどの部分を生んだかまでは書いていない。洋間と出窓をその年の仕事だと決めてかかるのは、資料の裏づけを超える。言えるのは、どちらも第二の生に属するということだ。商品のための金庫として始まった建物の上に、あとから重ねられた層である。
ただ、立ち止まって考えたい。昭和一九年は、悠長に改装をする年ではない。この建物に何が施されたにせよ、それは戦争の只中の仕事だった。しかも翌年四月、境港は市街地の三分の一を失う。大正町の岸壁で徴用船「玉榮丸」が爆薬の積み下ろし中に爆発し、近くの火薬庫に引火。一一五人が亡くなった。第二次大戦中の山陰で最大の火災である。面谷家の四棟がいまも建っていること。それは、文化庁が主屋を「境港に残る数少ない醸造家の遺例」と書けることの、理由の一部でもある。
登録が引き受けたもの
登録は平成二六年(二〇一四年)四月二五日、第七七回、登録番号31-0190。基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の評価は、敷地南西隅の景観を引き締める、というものである。
登録有形文化財は、建造物を守る二つの枠組みのうち緩やかなほうにあたる。平成八年(一九九六年)の文化財保護法改正で導入され、指定制度が構造上とらえきれなかった建築を対象とした。私有され、いまも使われ、災害よりも建て替えによって失われていく明治・大正の建物。所有者は許可を求めるのではなく届け出る。使い続けられるから、残る。
この蔵には、その枠組みがよく似合う。すでに一度改修を受け、明治の土蔵なら素っ気ない壁であるべき場所に洋間を抱えた建物は、ある一時点の姿で凍結させる制度のもとでは収まりが悪い。登録は、改変も含めてこの建物をそのまま引き受けている。
訪ねるにあたって
面谷合名会社の所有する私有建築で、非公開である。花町八番地の道路からは西正面が見える。出窓があるのはこの面だ。棟のつながりを北へ目で追えば、主屋の屋根へと続いていく。見学は道路上から。敷地内には立ち入らないこと。
花町一〇番地の境台場公園には、文久三年(一八六三年)築造の境台場跡が国史跡として残る。鳥取藩八台場のうち最大規模で、土塁の上には約二四〇本の桜が育つ。隣接する海とくらしの史料館は明治期の酒蔵を転用した建物。境港駅から東へ約一・八キロメートル。この種の建物の内部がどんな空間なのか、実際に立って確かめられる場所である。
Q&A
- 砂糖のためになぜ専用の土蔵を建てたのですか。
- 明治期の砂糖は高価な商品で、しかも吸湿性が高く、湿気の多い場所では固まって目方が落ちます。土蔵の厚い土壁は温度と湿度を安定させるため、高価で扱いの難しい在庫を置くには理にかなった構造でした。
- 本当に土蔵の中に洋間があるのですか。
- あります。文化庁の記録は内部を二室とし、南を土間(二階に部屋を設ける)、北を洋間としています。この年代の蔵としては珍しい構成です。
- 洋間は昭和19年の改修でつくられたのですか。
- 記録は昭和19年の改修を記していますが、何を変えたかまでは示していません。洋間や出窓をその改修の所産と断定することは、資料の裏づけを超えてしまいます。
- 内部を見学できますか。
- できません。私有建築であり非公開です。外観は通りから見ることができますので、道路上からの見学にとどめてください。
- 四棟のうちのどれにあたりますか。
- 平成26年4月25日に一括登録された面谷家四棟のうち、敷地南端に建つ旧砂糖蔵(31-0190)です。他は店舗兼主屋(31-0187)、新座敷・旧精米所(31-0188)、道具蔵(31-0189)です。
基本データ
| 名称 | 面谷家住宅旧砂糖蔵(おもたにけじゅうたくきゅうさとうぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県境港市花町8 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 31-0190(第77回登録) |
| 登録年月日 | 平成26年(2014年)4月25日 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 明治後期(1898~1912年)/昭和19年(1944年)改修 |
| 構造及び形式等 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積47㎡ |
| 所有者 | 面谷合名会社 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観のみ通りから見学可。JR境線・境港駅から東へ約1.8km |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅旧砂糖蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010047
- 国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅店舗兼主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010044
- 境港観光ガイド 歴史・風土スポット紹介
- https://www.sakaiminato.net/about/history-spot/
- とっとり文化財ナビ「境港市」の文化財(鳥取県)
- https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/navi3_12.htm
最終更新日: 2026.07.16