面谷家住宅道具蔵 ― 妻面を道に向けた土蔵

商家の蔵はたいてい主屋の裏手に隠れている。この蔵は違う。鳥取県境港市花町、面谷家住宅の道具蔵は店舗兼主屋のすぐ北に隣接し、妻面をまっすぐ道路に向けて建っている。この一点が、この建物の性格を決めている。

妻面とは屋根の三角形が見える狭い側面のことだ。これを通りに向ければ、蔵は間口をほとんど食わない。それでいて構図は締まる。南に主屋の長い水平の屋根、その北にこの縦に立つ塊。屋敷の正面構えがこれで完結する。文化庁の解説も同じことを記している。主屋とともに屋敷の正面構えを構成する、と。

建築は明治前期、一八六八年から一八八二年のあいだ。主屋と同じ時期である。土蔵造二階建、瓦葺、建築面積五四平方メートル。

土蔵という装置

土蔵は「蔵」と一括りにされがちだが、構法そのものに意味がある。

木の軸組に厚く土を塗り重ね、仕上げに漆喰をかける。普通の壁が到達しない厚みまで積む。この質量がふたつの仕事を同時にこなす。温度と湿度が動きにくい。だから大事なものは蔵に入れた。そして燃えない。木造家屋が軒を接して並ぶ港町では、火が出れば一区画がまるごと消える。そのとき残ると見込まれた唯一の建物が土蔵だった。

出入口は道路側ではなく、店舗兼主屋の側に設けられ、両開きの鉄扉が付く。木ではなく鉄。防火の箱をつくっても、開口部が燃えては意味がない。土蔵において扉は、しばしば建物全体でもっとも手のかかる部位だった。

屋根は切妻造の桟瓦葺で、主屋と揃う。

なぜ防火建築に板を張るのか

ここは立ち止まる価値がある。土蔵が燃えないのは土と漆喰でできているからだ。ならば、なぜこの蔵の腰から下には板が張ってあるのか。

西正面は腰高まで簓子下見板張、その上部は漆喰塗で、小窓が三箇所開く。他の面は竪板張。防火のための建物の外側に、燃える材料がまとわりついている。

答えは雨である。漆喰は強いが不死身ではない。日本海に面した町が一年中受け続ける横なぐりの雨は、年月をかけて壁を足元から削っていく。下見板はその盾だ。板が風雨を受け、漆喰が受けずに済む。しかも板は交換できる。奥の壁はそうはいかない。腰まわりにわずかな火の危険を残す代わりに、五〇年後も立っている壁を取る。そういう判断である。

簓子とは、下見板を押さえる縦の桟のことだ。板一枚ずつが納まるよう、桟の側面に刻みを入れてある。ただの平桟より手間がかかる。その代わり、壁面に切れのある影の線が横に走る。西面の道路側、目の高さより下を見てほしい。上部の小窓が三つしかなく、しかも小さいのは意図的だ。土蔵において開口部は、すべて弱点なのだから。

登録が守っているもの

登録は平成二六年(二〇一四年)四月二五日、第七七回、登録番号31-0189。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

登録有形文化財は重要文化財より緩い枠組みで、その緩さは設計されたものだ。平成八年(一九九六年)の文化財保護法改正で生まれたこの制度が対象としたのは、指定制度が構造上すくい上げられなかった建築群だった。私有され、日常のなかで使われ続け、災害よりも「更地にしよう」という静かな判断によって消えていく明治・大正の建物。所有者は使用の自由を保ったまま、大きな改変を届け出る。

この蔵に関していえば、景観という基準はほとんど文字どおりに効いている。蔵を取り去っても主屋は残る。しかし通りの見え方は変わる。登録されているのは五四平方メートルの土壁だけではない。街区のかたちである。

訪ねるにあたって

面谷家住宅は面谷合名会社の所有で、内部の公開はない。登録基準が語っているのは外観であり、見られるのも外観である。花町八番地、道路上から。敷地には立ち入らないこと。

できれば日が低い時間に行きたい。簓子の刻みや、板と漆喰の継ぎ目を浮かび上がらせるのは斜めから差す光だ。真昼の平坦な空の下では、壁は一枚の灰色の面に見えてしまい、細部が消える。

二軒先、花町一〇番地は境台場公園。文久三年(一八六三年)に築かれた鳥取藩八台場のうち最大規模を誇った境台場跡が、国史跡として土塁を残している。隣接する海とくらしの史料館は明治期の酒蔵を転用した建物で、この時代の境港の醸造建築の内部に立てる、おそらく唯一に近い場所である。

Q&A

Q道具蔵には何を納めていたのですか。
A道具蔵という呼び名は、商品を納める蔵や米蔵と区別するためのものです。火や湿気から守る必要のある器具・道具・家財を収めるのが一般的で、醸造業を営んだ面谷家であれば家業の道具類も含まれていたと考えられます。
Q扉が鉄でできているのはなぜですか。
A防火建築は最も弱い開口部の性能で決まるからです。両開きの鉄扉は道路側ではなく店舗兼主屋の側を向いており、厚い土壁のなかで唯一の隙間となる部分を塞いでいます。
Q防火のための土蔵に、なぜ木の板を張るのですか。
A下見板は漆喰を風雨から守るためのものです。横なぐりの雨は年月をかけて漆喰壁を削っていきますが、板であれば傷んでも張り替えが利きます。風雨の厳しい海岸部では、この取引は割に合うものでした。
Q内部を見学できますか。
Aできません。私有建築であり非公開です。見学は通りからの外観のみとし、敷地内には立ち入らないでください。
Q他の面谷家の建物との関係は。
A同一敷地の四棟が平成26年4月25日に一括で登録されました。店舗兼主屋(31-0187)、新座敷・旧精米所(31-0188)、道具蔵(31-0189)、旧砂糖蔵(31-0190)です。道具蔵は主屋のすぐ北に建ちます。

基本データ

名称面谷家住宅道具蔵(おもたにけじゅうたくどうぐくら)
所在地鳥取県境港市花町8
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号31-0189(第77回登録)
登録年月日平成26年(2014年)4月25日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代明治前期(1868~1882年)
構造及び形式等土蔵造2階建、瓦葺、建築面積54㎡
所有者面谷合名会社
公開状況内部非公開。外観のみ通りから見学可。JR境線・境港駅から東へ約1.8km

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅道具蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010046
国指定文化財等データベース(文化庁)面谷家住宅店舗兼主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010044
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
とっとり文化財ナビ「境港市」の文化財(鳥取県)
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/navi3_12.htm
境港観光ガイド 歴史・風土スポット紹介
https://www.sakaiminato.net/about/history-spot/

最終更新日: 2026.07.16