伊豆の温泉地に写しとられた、京の一角

紅葉は、修善寺温泉の新井旅館にある小さな客室棟で、昭和2年(1927年)に建てられた。部屋は八畳と六畳が続くだけの二間。南と東の二面を広い縁が囲む。立ち止まって眺めたくなるのは、その広さではなく、意匠に添えられた色気のためだ。この棟は、まるで京都から持ち運んで伊豆の山あいに据えたかのように装われている。

屋根瓦には京都産のものを用いた。庇の回りは銅板で葺いている。外壁には深い赤茶の顔料、ベンガラが塗られている。こうした選択が重なって、敷地の他の素朴な木造とは異なる、抑えた京風の気配が生まれている。

細部が文化財の資格を得た理由

紅葉が平成10年(1998年)に登録有形文化財となったとき、当てられた基準は「造形の規範となっているもの」だった。この言葉は、壮大さではなく洗練を評価する。建築面積82平方メートルの二間の棟が並みいる建築のなかで存在感を保つと判断されたのは、瓦、銅板の庇、ベンガラの壁、二方に光と庭を採り入れる広縁と、あらゆる面が吟味されていたからである。

棟は「甘泉楼」の北西に位置し、渡廊下でつながっている。別々の建物を屋根付きの廊下で結ぶのは、この旅館全体の習わしだ。新井旅館は一棟の大きな建物として建ったのではなく、明治・大正・昭和とひと棟ずつ増えてきた。紅葉はその長い一文のなかの、丁寧に書かれた一節にあたる。

ここを見てほしい

縁に立つと、二間が続き間になっていることに気づく。奥の六畳から、手前の八畳越しに庭が見通せる造りだ。南と東に張り出した広縁は飾りではない。日差しと雨を和らげ、内と外の境目に腰を下ろす場所を客に与えていた。

外へ出たら、色を探してほしい。ベンガラの赤はゆっくりと風化し、光によって表情を変える。夕暮れには温かく、雨のもとでは静かに沈む。見上げれば、幾十年をかけて独特の緑青をまとった銅板の庇がある。新井旅館が、新しいときの見栄えだけでなく、古びていく過程まで見越して材を選んだことの証しがここにある。

Q&A

Q紅葉の京風とは、どこに表れているのですか。
A屋根瓦に京都産のものを用い、庇回りを銅板で葺き、外壁に深い赤のベンガラを施しています。これらの取り合わせが、旅館の他の棟とは異なる洗練された京の趣を生んでいます。
Qどのくらいの規模の棟ですか。
A木造平屋建、建築面積は約82平方メートルです。八畳と六畳の続き間からなり、南と東の二面に広縁を備えています。
Qいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A昭和2年(1927年)に建てられ、平成10年(1998年)9月に、新井旅館の他の14棟とともに登録有形文化財となりました。
Qなぜ文化財に登録されたのですか。
A「造形の規範となっているもの」という基準で登録されました。規模ではなく、材と仕上げに払われた配慮が評価されたものです。
Qこの棟に泊まれますか。
A新井旅館は営業中の宿で、登録建物のなかには客室棟も含まれます。空室状況は変わるため、特定の棟への宿泊を希望する場合は予約時に宿へ直接ご確認ください。

基本情報

名称新井旅館紅葉(あらいりょかんもみじ)
所在地静岡県伊豆市修善寺小坂995
指定区分登録有形文化財(登録 平成10年9月2日/告示 平成10年9月25日)
登録番号22-0023
建築年昭和2年(1927年)
員数1棟
構造木造平屋建、瓦葺、建築面積約82㎡
登録基準造形の規範となっているもの
所有者有限会社 新井旅館
アクセス伊豆箱根鉄道修善寺駅からバス約10分、修善寺温泉場停留所下車徒歩すぐ

References

国指定文化財等データベース — 新井旅館紅葉
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000782
新井旅館 登録文化財のご案内
https://arairyokan.net/bunka.htm
新井旅館 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/新井旅館

最終更新日: 2026.07.11