二つの流れに挟まれた中州に建つ客室棟
雪の棟は、修善寺温泉の新井旅館のほぼ中央、二筋の水の流れに挟まれた土地に建つ。流れは、二代当主が造成した庭園の中心をなす「華の池」から導かれている。棟が建ったのは明治32年(1899年)、その庭園と同じ時期である。つまり建物と水は、初めから一体のものとして構想された。
客室部は木造二階建て、真壁造り。柱を壁の内に塗り込めず、漆喰を背に見せて立てる古い流儀だ。後年の棟に見られる塗り籠めの壁よりも静かで素朴なこの造りは、動く水のあいだに軽やかに座る建物によく似合う。
記憶に残るのは、浴室棟のほうだ
雪の棟を際立たせているのは、南東の隅から張り出す浴室棟である。屋根は入母屋、ただし勾配に沿ってゆるやかに反り上がる「ムクリ」を付け、その上に煙を抜くための小さな屋根を載せている。この煙出しの小屋根は装飾ではなく、実用の造作だ。おかげで浴室棟は、客室とは見まがえない輪郭を得ている。
この意匠は、入浴をひとつの芸に高めた旅館のものだ。敷地の別の場所では、画家・安田靫彦が昭和9年(1934年)に天平大浴堂を設計し、古材の檜を用いて八世紀の建築を写している。雪の棟の浴室は、その野心の、より素朴で早い時期のいとこにあたり、客が湯に浸かる建物を宿がいかに丹念に考えていたかを示している。
ここを見てほしい
庭の側から近づくと、二筋の流れが棟の両脇を過ぎていくのがわかる。水の音は部屋の一部で、建物が視界に入る前から感じられる。雪の棟は低く、中央に位置するため、池と周囲の緑の映り込みを集めている。
そして浴室棟の屋根の稜線を探してほしい。ゆるやかなムクリの曲線をたどり、その上にちょこんと載る煙出しの小屋根を見つける。「造形の規範となっているもの」として登録されたこの棟は、水を眺める人と同じくらい、上を見上げる人に応えてくれる。
Q&A
- なぜ棟が水に囲まれているのですか。
- 二代当主が造成した庭園の池「華の池」から導かれた二筋の流れのあいだに建っています。棟と庭園は明治32年に同時に築かれ、水がその立地に組み込まれています。
- 浴室棟の屋根の特徴は何ですか。
- 入母屋屋根にゆるやかな反り「ムクリ」を付け、その上に湯気や煙を抜く小さな屋根を載せています。この組み合わせが、独特の姿を生んでいます。
- 真壁造りとは何ですか。
- 柱を壁の内側に塗り込めず、漆喰を背にして見せる木造の造りです。雪の棟の客室部はこの方法で建てられています。
- 建物はどのくらい古いのですか。
- 明治32年(1899年)の建築で、新井旅館の登録建物のなかでも古いものです。近くの屋根付き橋「渡りの橋」と同じ時期に建てられました。
- いつ文化財に登録されたのですか。
- 平成10年(1998年)9月に、「造形の規範となっているもの」という基準で、新井旅館の15棟とともに登録有形文化財となりました。
基本情報
| 名称 | 新井旅館雪の棟(あらいりょかんゆきのとう) |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県伊豆市修善寺字温泉場970他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(登録 平成10年9月2日/告示 平成10年9月25日) |
| 登録番号 | 22-0017 |
| 建築年 | 明治32年(1899年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積約258㎡。南東に浴室棟を張り出す |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 所有者 | 有限会社 新井旅館 |
| アクセス | 伊豆箱根鉄道修善寺駅からバス約10分、修善寺温泉場停留所下車徒歩すぐ |
References
- 国指定文化財等データベース — 新井旅館雪の棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000776
- 新井旅館 登録文化財のご案内
- https://arairyokan.net/bunka.htm
- 新井旅館 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/新井旅館
最終更新日: 2026.07.11