新井旅館が最も力を注いだ棟
吉野の棟は、修善寺温泉の新井旅館の西南端に、離れの別荘のように独立して建つ。隣の「花の棟」とはつながっているが、玄関は別に構えており、客は旅館の他の部分を通らずに出入りできる。昭和10年(1935年)に完成したこの棟は、当時の新井旅館が最も力を注いだ建築として語り継がれてきた。
その評価は、間取りと同じくらい材に支えられている。客室には天城杉の良材が使われた。近くの天城連山の森から切り出される杉で、詰んで均一な木目が尊ばれる。建築面積231平方メートルの二階建て客室棟にこうした木を選んだことは、もっと安く建てることもできた宿が、あえてそうしなかったという意思の表明だった。
芸術家たちが形づくった家
昭和初期までに、三代目当主・相原沐芳は画家たちを旅館のまわりに集めていた。日本画の大家・安田靫彦は、この時期のいくつかの建物にかかわったと伝えられる。昭和9年(1934年)の天平大浴堂、観音堂、そして吉野の棟がそれにあたる。役割の正確な分担はさておき、この棟には、建築と絵画が同じ卓で語られた場所の刻印がある。
ゆったりとした部屋の寸法は、意図された抑制として読める。客を詰め込むのではなく、それぞれの部屋に空気と外への見通しを与える間取りだ。これは、泉鏡花や芥川龍之介といった文人を迎え、静かな一室こそ売り物の一部だと心得ていた宿の論理である。
ここを見てほしい
まず別玄関に目を留めてほしい。吉野の棟の客が味わうはずだった、別荘のような独立性を告げるものだ。室内では杉をよく見てほしい。柱や天井板に目を沿わせ、良質な天城杉を示すまっすぐで細かい木目を追う。これほど均一な木は、昭和10年当時でも容易には手に入らなかった。
窓からは、敷地の西南端という位置を感じ取ってほしい。旅館のにぎやかな中心から少し離れた場所に、この棟を置いている。平成10年(1998年)に「造形の規範となっているもの」として登録された吉野の棟は、本来暮らされるはずだった速度、つまりゆっくりと味わうのがふさわしい。
Q&A
- 吉野の棟は、なぜ旅館のなかで特別とされるのですか。
- 当時の新井旅館が最も力を注いだ棟として語られてきました。ゆったりとした部屋に天城杉の良材を用いています。昭和10年、敷地の西南端に建てられました。
- 天城杉とは何ですか。
- 伊豆半島の天城連山で育つ杉で、詰んだ均一な木目が尊ばれます。吉野の棟の客室はこの材で仕上げられています。
- 本当に画家の安田靫彦が設計したのですか。
- 三代目当主と親交の深かった安田靫彦は、この時期のいくつかの建物の設計にかかわったと伝えられます。吉野の棟、観音堂、天平大浴堂などがそれにあたります。
- 独立した玄関があるのですか。
- はい。隣接する「花の棟」とつながってはいますが、別に玄関を構えており、旅館のなかにありながら離れの別荘のような趣を保っています。
- いつ文化財に登録されたのですか。
- 平成10年(1998年)9月に、「造形の規範となっているもの」という基準で、新井旅館の15棟とともに登録有形文化財となりました。
基本情報
| 名称 | 新井旅館吉野の棟(あらいりょかんよしののとう) |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県伊豆市修善寺1026-1・2、1027 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(登録 平成10年9月2日/告示 平成10年9月25日) |
| 登録番号 | 22-0028 |
| 建築年 | 昭和10年(1935年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積約231㎡。天城杉を用いる |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 所有者 | 有限会社 新井旅館 |
| アクセス | 伊豆箱根鉄道修善寺駅からバス約10分、修善寺温泉場停留所下車徒歩すぐ |
References
- 国指定文化財等データベース — 新井旅館吉野の棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000787
- 新井旅館 登録文化財のご案内
- https://arairyokan.net/bunka.htm
- 新井旅館 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/新井旅館
最終更新日: 2026.07.11