収蔵品を火から守るために、水に沈める覚悟の蔵

修善寺温泉の新井旅館、客室棟の奥まった一角に、地面へ半ば埋もれるように建つ低い鉄筋コンクリートの建物がある。客室でも浴室でもない。昭和18年(1943年)に建てられたこの水蔵は、相原家が所有する絵画や美術品を火災から守るという、ただ一つの目的のために造られた。

発想は昔話めいているが、仕組みは至って明快だ。建物の周囲には幅およそ70センチの石積みの堀がぐるりと巡らされている。万一の際にはこの堀へ水を引き入れ、蔵を水で囲んでしまう。迫る炎は、収蔵品に届く前にまず水の帯にぶつかることになる。

旅館に耐火の蔵が必要だった理由

この蔵を理解するには、昭和期の新井旅館が何になっていたかを知る必要がある。三代目当主・相原沐芳は、近代日本画を担った安田靫彦や横山大観といった画家たちと親しく交わった。作品はこの宿で生まれ、贈られ、そして残された。そうした人々を迎え続けた旅館には、掛軸や屏風、器物が少しずつ蓄えられ、容易に取り替えのきかない品となっていった。

平屋建て、陸屋根、建築面積は約20平方メートル。鉄筋コンクリートの箱は小さい。その小ささこそが要点である。見せるための部屋ではなく、あくまで金庫として造られた。しかも安田靫彦自身が設計した観音堂の東に隣接して置かれ、宿の文化的な営みのうち最も傷みやすい部分が、敷地の守りやすい一角へ集められている。

訪れたときに見てほしいところ

水蔵は客室棟ではないため、気軽に立ち入る場所ではなく、旅館の文化財ガイドツアーで外から眺めることになる。まず注目したいのは、地盤より一段低く沈み込んだ姿だ。半地下の形は内部の温度を穏やかに保ち、空調という言葉が生まれるはるか以前から、紙や顔料にとって好ましい環境を作っていた。次に、壁の足もとを走る浅い石の溝を探してほしい。多くの人は庭のあしらいと思って通り過ぎるが、これが消火の装置なのである。

傍らに立つと、戦時下の実利的な判断が伝わってくる。昭和18年、物資は乏しく、それでも燃えないという一点で鉄筋コンクリートが選ばれた。この建物は人を魅了しようとはしない。生き延びるために造られ、そして現に生き延びてきた。

Q&A

Q水蔵の中に入って見学できますか。
A客室ではなく収蔵庫のため、通常は外観の見学となります。新井旅館では登録文化財を案内するガイドツアーを行っており、来歴とあわせて見るのに適しています。
Q水の堀はどのように働くのですか。
A壁の周囲に幅約70センチの石積みの堀が巡らされています。非常時にはここへ水を引き入れて建物を囲み、内部に収めた品へ火が及ばないようにする仕組みです。
Qなぜ他の棟は木造なのに、ここだけ鉄筋コンクリートなのですか。
A木造の客室棟は人が寛ぐための建物ですが、水蔵は掛け替えのない美術品を守るための建物です。昭和18年に、燃えないという理由で鉄筋コンクリートが選ばれました。
Q何が収蔵されているのですか。
A旅館を営む相原家が所有する重要な美術品類を納めるために建てられました。近代日本画家との縁により、宿には少なからぬ収蔵品が伝わっています。
Qいつ文化財に登録されたのですか。
A平成10年(1998年)9月に、新井旅館の15棟とともに登録有形文化財となりました。

基本情報

名称新井旅館水蔵(あらいりょかんみずぐら)
所在地静岡県伊豆市修善寺978-1
指定区分登録有形文化財(登録 平成10年9月2日/告示 平成10年9月25日)
登録番号22-0030
建築年昭和18年(1943年)
員数1棟
構造鉄筋コンクリート造平屋建、陸屋根、半地下形式、建築面積約20㎡
登録基準再現することが容易でないもの
所有者有限会社 新井旅館
アクセス伊豆箱根鉄道修善寺駅からバス約10分、修善寺温泉場停留所下車すぐ

References

国指定文化財等データベース — 新井旅館水蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000789
新井旅館 登録文化財のご案内
https://arairyokan.net/bunka.htm
新井旅館 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/新井旅館

最終更新日: 2026.07.11