はじめに

浜松市天竜区二俣町の中心部に静かに佇む旧二俣町役場は、昭和初期の洋風建築の魅力を今に伝える貴重な建造物です。1936年(昭和11年)に竣工したこの木造2階建ての庁舎は、長きにわたり地域行政の中心として機能した後、公民館や図書館、消費生活センターとして活用されてきました。2010年(平成22年)からは「本田宗一郎ものづくり伝承館」として生まれ変わり、世界的な自動車メーカー・ホンダの創業者である本田宗一郎の功績と精神を伝える場として親しまれています。2003年(平成15年)に国の登録有形文化財に登録されており、建築遺産としての価値と地域文化の発信拠点としての役割を兼ね備えた存在です。

歴史的背景

旧二俣町役場の歴史は、1924年(大正13年)にさかのぼります。東宮殿下(のちの昭和天皇)の御成婚を記念する事業として、二俣町役場の庁舎建て替えが計画されました。しかし、当時の厳しい財政事情により計画は延期を余儀なくされます。その後、1933年(昭和8年)に景気が回復すると、当時の森野健市町長により再び建設が提案され、1935年(昭和10年)に着工、翌年11月に上棟を迎え、1936年(昭和11年)8月5日に竣工しました。

1958年(昭和33年)に市制施行により天竜市が誕生すると、二俣町役場は天竜市役所庁舎として使用されるようになりました。1970年(昭和45年)に市役所が移転した後は、公民館や図書館として市民に親しまれました。2005年(平成17年)の浜松市との合併後は消費生活センターとして一部が使用されていましたが、2010年(平成22年)に屋根や外観の景観的価値をそのまま残す形で改修が施され、「本田宗一郎ものづくり伝承館」としてオープンしました。

文化財としての価値

旧二俣町役場は、2003年(平成15年)1月31日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。昭和初期に地元の大工が手がけた洋風公共建築として、近代建築史上の貴重な遺構と評価されています。

建物は木造2階建て、寄棟造、桟瓦葺の構造で、建築面積は237平方メートルです。外観の特徴として、四隅の柱型と1階壁面にスクラッチタイル張りが施され、縦長の上下窓が整然と並んでいます。正面にはやや縦長の車寄せが設けられ、公共建築としての格式を感じさせるデザインとなっています。

設計・施工を手がけたのは、地元の大工である本島亥三郎です。明治維新以降、西洋建築の技術は主に外国人技師から日本人建築家へと伝えられましたが、本島はそうした正規の系譜とは異なり、既存の洋風建築を研究することで独学で西洋建築の技法を習得したと考えられています。このような在野の職人による洋風建築作品として、本建物は建築史的に大変興味深い存在です。

建築の見どころ

旧二俣町役場の外観は、西洋の市庁舎建築の様式と日本の木造建築の伝統が融合した独特の佇まいを見せています。以下の点にぜひご注目ください。

  • スクラッチタイル張りの外壁:1階の壁面と四隅の柱型に施されたスクラッチタイルは、大正から昭和初期にかけての洋風建築に多く用いられた装飾技法です。水平方向に刻まれた細かい筋目が、建物の下部に重厚感と洗練された印象を与えています。
  • 縦長の上下窓:ファサード全体にわたって均等に配された縦長の窓は、優美な垂直のリズムを生み出し、内部に豊かな自然光を取り込みます。
  • 車寄せ:正面玄関のやや縦長の車寄せは、建物の中心的なアクセントとなっており、役所建築としての威厳を表現しています。
  • 寄棟造の屋根:桟瓦葺きの寄棟屋根は、洋風のデザインの中に日本建築の趣を調和させており、この時代の和洋折衷建築の特色をよく示しています。

本田宗一郎ものづくり伝承館

2010年から旧二俣町役場の建物を活用して開館した「本田宗一郎ものづくり伝承館」は、本田技研工業(ホンダ)の創業者・本田宗一郎(1906〜1991年)の生涯と功績を紹介する施設です。本田宗一郎は、現在の浜松市天竜区にあたる旧磐田郡光明村に生まれ、この地で少年時代を過ごしました。

1階には、少年時代のエピソードから世界的な自動車メーカーを築き上げるまでの歩みが年譜や写真、映像で紹介されています。ホンダの代名詞ともいえるスーパーカブをはじめとする初期のバイクの実物展示や、宗一郎ゆかりの品々も見ることができます。入口で来館者を迎えるのは、宗一郎の大きな左手のパネル。カッターで切り、ハンマーで潰し、キリが貫通した無数の傷跡には、「いつも犠牲になる左手があるからこそやれる」という言葉が添えられています。

2階は特別展やワークショップ、関連図書の閲覧スペースとして活用されています。入館料は無料で、どなたでも気軽にものづくりの精神に触れることができます。

アクセス・来館案内

旧二俣町役場(本田宗一郎ものづくり伝承館)は、二俣町の中心部に位置し、諏訪神社や清龍寺に隣接しています。最寄り駅は天竜浜名湖鉄道の二俣本町駅で、徒歩約10分です。遠州鉄道を利用する場合は、新浜松駅から西鹿島駅まで約32分、そこから遠鉄バス「二俣・山東行き」に乗り換え、「二俣仲町」バス停で下車後、徒歩約3分で到着します。お車の場合は、新東名高速道路の浜松浜北ICから約10分です。

開館時間は午前10時から午後4時30分まで。休館日は毎週月曜日と火曜日(祝日の場合は開館し、翌水曜日が休館)、および年末年始です。入館料は無料です。

周辺の見どころ

旧二俣町役場の周辺には、歴史と文化に彩られた魅力的なスポットが点在しています。

  • 二俣城跡・鳥羽山城跡:天竜川を見下ろす山城の遺構で、今川氏・徳川氏・武田氏の攻防の舞台となりました。特に徳川家康の嫡男・信康が切腹を命じられた場所として知られ、国の史跡に指定されています。石垣や曲輪の跡が残り、天竜川の雄大な景観を楽しむことができます。
  • 浜松市秋野不矩美術館:徒歩約10分の距離にある、地元出身の日本画家・秋野不矩の作品を展示する美術館。建築家・藤森照信の設計による漆喰壁と天竜杉を用いた個性的な建物自体が見どころです。第一展示室では靴を脱いで藤ござの上で鑑賞する珍しいスタイルも体験できます。
  • 天竜浜名湖鉄道 天竜二俣駅:徒歩約20分。1940年築の木造駅舎、転車台、扇形車庫などが国の登録有形文化財に登録されており、ガイドツアーも実施されています。アニメ映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にも登場し話題となりました。
  • 鳥羽山公園:二俣城跡に隣接する公園で、春には桜の名所として多くの花見客で賑わいます。天竜川を一望できる高台からの眺望は格別です。
  • 清龍寺:伝承館に隣接する寺院で、徳川家康がその嫡男・信康の菩提を弔うために建立したと伝えられています。信康の墓所があり、苔むした石段の奥に静寂な空間が広がります。

Q&A

Q旧二俣町役場の見学に入場料はかかりますか?
Aいいえ、入場料は無料です。現在は「本田宗一郎ものづくり伝承館」として公開されており、常設展示は無料でご覧いただけます。特別展によっては別途料金がかかる場合があります。
Q旧二俣町役場とホンダの関係は何ですか?
Aホンダの創業者・本田宗一郎は、二俣町近郊(現在の浜松市天竜区)で生まれ育ちました。2010年に旧二俣町役場の建物を改修し、宗一郎の生涯と「ものづくり精神」を後世に伝える記念館として活用されています。改修にあたっては、屋根や外観の景観的価値がそのまま保存されました。
Q建物の当時の建築的な特徴は見られますか?
Aはい、ご覧いただけます。2010年の改修では、スクラッチタイル張りの外壁、寄棟造の瓦屋根、車寄せ、縦長の上下窓など、昭和初期の建築的特徴が注意深く保存されました。外観からも内部からも、当時の洋風建築の趣を感じ取ることができます。
Q公共交通機関でのアクセス方法を教えてください。
A新浜松駅から遠州鉄道に乗車し、西鹿島駅まで約32分。そこから遠鉄バス「二俣・山東行き」に乗り換え、「二俣仲町」バス停で下車後、徒歩約3分です。また、天竜浜名湖鉄道の二俣本町駅からは徒歩約10分で到着します。
Q旧二俣町役場を設計したのは誰ですか?
A地元の大工・本島亥三郎(もとじま いさぶろう)です。外国人技師に師事した正規の建築教育を受けたのではなく、既存の洋風建築を独学で研究して西洋建築の技法を身につけたと考えられています。在野の職人による洋風建築作品として、近代建築史上注目される存在です。

基本情報

名称 旧二俣町役場(きゅうふたまたちょうやくば)
現在の用途 本田宗一郎ものづくり伝承館
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/2003年(平成15年)1月31日登録
竣工年 1936年(昭和11年)
構造 木造2階建、寄棟造、桟瓦葺、建築面積237㎡
設計・施工 本島亥三郎(地元大工)
所有者 浜松市
所在地 〒431-3314 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1112
開館時間 10:00〜16:30
休館日 月曜日・火曜日(祝日の場合は開館、翌水曜日休館)、年末年始
入館料 無料
電話番号 053-477-4664
アクセス 天竜浜名湖鉄道 二俣本町駅より徒歩約10分/新東名高速道路 浜松浜北ICから車で約10分

参考文献

旧二俣町役場 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168412
旧二俣町役場 — 浜松情報BOOK
http://www.hamamatsu-books.jp/category/detail/4ef828cde8bc4.html
本田宗一郎ものづくり伝承館 — iN HAMAMATSU.COM
https://www.inhamamatsu.com/japanese/art/soichiro-honda-craftsmanship-center.php
本田宗一郎ものづくり伝承館 — 浜松・浜名湖だいすきネット
https://www.hamamatsu-daisuki.net/industry/spot/soichiro-honda-craftmanship.html
周辺観光 — 本田宗一郎ものづくり伝承館
https://honda-densyokan.com/sightseeing/

最終更新日: 2026.03.28