療養の地に生まれた庭 ― 旧沼津御用邸苑地

静岡県沼津市、狩野川の河口東方に広がる島郷海岸沿いに、約9万5千平方メートルのクロマツ林と芝生地が続いている。旧沼津御用邸苑地である。平成28年(2016年)10月3日、この一帯の景観が国の名勝に指定された。

ここはかつて、明治・大正・昭和の三代にわたり、77年間にわたって皇室の保養の場として用いられた御用邸の跡地にあたる。御用邸は昭和44年(1969年)に廃止され、翌年、沼津市が沼津御用邸記念公園として一般に開放した。苑地は旧本邸・東附属邸・西附属邸という三つの区域から成り、それぞれが塀で囲まれている。旧本邸の建物は昭和20年(1945年)の空襲で焼失したが、東西の附属邸は戦災を免れ、西附属邸は今も内部を歩いて見学できる。

病弱な皇太子のための保養地として

御用邸が設けられたきっかけは、健康という事情にあった。明治25年(1892年)、宮内省は病弱であった皇太子・嘉仁親王、のちの大正天皇の療養のために、海辺の温暖なこの地に邸宅の造営を始めた。木造平屋建て、面積約1,200平方メートルの本邸は、明治26年(1893年)7月に竣工している。

場所の選定には理由があった。島郷海岸は駿河湾の最奥部に位置し、波が静かで遠浅の海浜を成している。夏は涼しい海風が吹き、冬は西方の牛臥山と防風林が季節風を遮るため、どちらの季節も保養に適していた。

明治33年(1900年)の皇太子の成婚後、迪宮裕仁親王、のちの昭和天皇をはじめとする親王が誕生すると、御用邸は皇室子弟を養育し教育する場としての性格も帯びていく。海軍軍人であった伯爵・川村純義が親王の養育を命じられ、親王は川村の邸宅に長く滞在することもあった。その川村の別荘は、本邸のすぐ西隣に建っていた。

苑地は段階を追って整えられた。明治36年(1903年)には学問所として東附属邸が、東京の赤坂離宮東宮大夫官舎を移築して建てられる。明治38年(1905年)には、宮内省が川村の別荘を買い上げて西附属邸とした。西附属邸にはその後も建物が加えられ、明治39年(1906年)に皇居内の賢所附属建物が移築され、明治41年(1908年)には御車寄や御料浴室が、大正11年(1922年)には御玉突所が増築された。この年、御用邸は今日に伝わる姿に整った。

皇室はこの地を頻繁に利用した。冬季には皇太子や親王が100日以上を沼津で過ごした年もあったと記録に残る。その様子は、本邸が昭和20年(1945年)7月の沼津大空襲で焼失したのちに変わった。戦後の利用は減り、御用邸は昭和44年に廃止され、敷地は沼津市に移されて、昭和45年(1970年)に記念公園として開園した。

名勝指定の理由

名勝としての指定が評価したのは、一棟の建築ではなく一つの景観である。文化庁は指定にあたり、名勝の指定基準のうち二つを挙げた。花樹や花草、緑樹などが叢生する場所であること、そして優れた展望が得られる地点であることである。

苑地はこの両方を備えている。景観の基調を成すのはクロマツの林で、林内を苑路がめぐり、樹間には芝生地が広がる。西附属邸に近い林の縁からは、丸みを帯びた牛臥山を傍らに従えて駿河湾が開け、西附属邸の苑地からはクロマツ越しに富士山の姿が望める。各区域を囲む石積みの塀と門、そして残された附属邸の建物とあわせて、ここには近代の近郊海浜保養地の風致景観が、今の日本では稀なほどよく保たれている。

訪れて目を向けたいもの

見学の中心となるのは西附属邸である。木造平屋建て、総面積約1,270平方メートル、部屋数は26室を数え、現存する宮廷建築のなかでも特に貴重な一例とされる。戦災を免れたため内部に立ち入ることができ、各室には復元された調度や皇室ゆかりの品が置かれて、皇族の暮らしぶりを間近に、ゆっくりと感じ取ることができる。

外に出ると、今度はクロマツの林が広がる。樹齢を重ねた松が立ち並び、その足元は芝生として手入れされ、苑路は早足で一周するよりも、ゆっくり歩くことを誘う。西附属邸と海浜の間の林からは、駿河湾が眼下に広がる。暖かい季節には、回廊沿いに数多くのガラスの風鈴が吊られ、その音が苑内に渡っていく。

かつての学問所であった東附属邸も残り、現在は催事に利用できる文化交流施設となっている。林のなかには数寄屋造りの茶室・翠松亭があり、8畳の広間と4畳半の小間が、まわりの松と静かに調和している。失われた本邸の跡地には、沼津市が歴史民俗資料館を建て、沼津の漁具や農具などを無料で見ることができる。苑内の旧主馬、すなわち厩舎を改装した喫茶もある。日暮れ時、条件が整えば、駿河湾に沈む夕日が「だるま夕日」となり、その輪が膨らんで水平線に座るように見える。

苑地の周辺

沼津は、ゆっくり滞在する価値のある町である。狩野川の西側、ほど近い沼津港は、この海岸で水揚げされたばかりの魚介を味わうのに適した場所のひとつで、港には湾と津波対策の大型水門を見渡せる展望施設が立つ。海岸沿いには千本浜の長い松原が続き、1世紀以上にわたって人々や文人に親しまれてきた散策の道となっている。

苑地の南、内浦湾沿いの海岸線は伊豆半島の山々へと連なり、小島や入江が点在する変化に富んだ眺めを見せる。内陸の三島は、源兵衛川や柿田川の澄んだ湧水と、三嶋大社で知られる。苑地のすぐ背後に立つ低い山、香貫山には歩きやすい登山道があり、市街と富士山を見晴らす展望地がある。

Q&A

Q御用邸の建物の内部に入れますか。
A西附属邸は見学できます。各室は皇室が用いていた当時に近い姿に調えられています。東附属邸は予約制の催事施設で、自由に見学する展示ではありません。本邸は昭和20年に焼失して現存せず、その跡地には現在、歴史民俗資料館が建っています。
Q沼津駅からの行き方を教えてください。
A沼津駅から南へ路線バスでおよそ20分、御用邸最寄りのバス停で下車し、数分歩きます。駅からは約4キロメートルで、苑地には乗用車用の無料駐車場があります。
Q入場に料金はかかりますか。
A料金がかかります。券は二種類あり、お庭の散策のみの入園券と、西附属邸の見学を含む観覧券があります。未就学児は無料です。料金は2026年に改定されているため、訪問前に最新の金額を確認することをおすすめします。
Q訪れるのに適した時期はいつですか。
A苑地は一年を通じて気持ちのよい場所です。夏は回廊の風鈴と涼しい海風が、よく晴れた冬の日はクロマツ越しの富士山のくっきりした眺めが楽しめます。開園は朝から夕方までで、年末年始は短い休園があります。
Q苑地から富士山は見えますか。
A晴れた日には見えます。西附属邸の苑地からは、クロマツの間に富士山の姿が望めます。この眺めは、苑地が名勝に指定された際に評価された点のひとつでした。富士山の眺望は、いずれの場所でも天候に左右されます。

基本情報

名称旧沼津御用邸苑地(きゅうぬまづごようていえんち)
所在地静岡県沼津市下香貫島郷2802-1
指定区分国指定名勝(平成28年〔2016年〕10月3日指定)
指定面積約95,371平方メートル
時代明治時代~大正時代(本邸は明治26年竣工、大正11年に全容が整う)
管理沼津市(沼津御用邸記念公園)
開園時間9:00~16:30、年末年始は休園(訪問前に確認を)
料金入園券・観覧券の二種、未就学児無料(料金は2026年改定)
アクセスJR沼津駅から路線バス約20分、下車後徒歩数分。無料駐車場あり

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 旧沼津御用邸苑地
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003958
沼津御用邸記念公園 公式サイト
http://www.numazu-goyotei.com/
沼津御用邸記念公園 公式サイト ― 公園について(概要・歴史)
http://www.numazu-goyotei.com/about/index.html
沼津市 ― 沼津御用邸記念公園
https://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shisetsu/goyotei/enkaku/index.htm

最終更新日: 2026.05.25