柿田川――富士山の恵みが地中から湧き出す日本一短い一級河川

静岡県駿東郡清水町、国道1号線のすぐわきに、忽然と一本の清流が地中から姿を現します。柿田川(かきたがわ)は全長わずか約1.2キロメートル。日本で最も短い一級河川でありながら、その水量は1日あたり約100万トンにも及びます。山地に源流があるわけではなく、地下から湧き出す豊かな湧水のみによって誕生する、日本でも極めて珍しい湧水河川です。約1万年前の富士山噴火によって流れ下った三島溶岩流のすきまから、数十年の歳月を経て地下水が地表に湧き出すこの場所は、2011年に国の天然記念物に指定され、長良川・四万十川とならぶ「日本三大清流」のひとつとしても知られています。

柿田川の成り立ち

柿田川の最大の特徴は、地表に降った雨水が支流を集めながら大きな川に育つのではなく、ほぼ全ての水が地下からの湧水によって生まれているという点にあります。柿田川公園内のいたるところで、「湧き間(わきま)」と呼ばれる湧水口から、こんこんと水が湧き出す様子を見ることができます。

富士山からの贈りもの

約1万年前、富士山の噴火により流れ下った三島溶岩流は、愛鷹山と箱根山にはさまれた谷を進み、現在の清水町付近にまで到達しました。冷えて固まった溶岩は無数の亀裂やすき間を含む多孔質の岩盤となり、その中を富士山に降った雨や雪解け水がゆっくりと地下水となって流れ下っていきます。やがて溶岩流の末端にあたるこの地で、長い旅を経た水が一斉に地表へと湧き出すのです。国土交通省による地下水のトリチウム濃度分析によれば、現在湧き出している水は、およそ26〜28年前に富士山に降った雨や雪に由来するものと考えられており、私たちはまさに四半世紀前の富士の恵みを目の当たりにしていることになります。

湧き間で踊る白い小石

展望台から「湧き間」をのぞき込むと、湧水とともに白い小石が踊るように動いている様子を観察できます。この小石は、約3200年前に伊豆市のカワゴ平で発生した火山噴火によって噴出した軽石です。長い年月のあいだ地下に堆積していた軽石が、湧き上がる地下水とともに浮き上がっているのです。眼下で揺れる白い粒のひとつひとつが、富士山と伊豆半島という二つの火山活動の記憶を今に伝えています。

なぜ国の天然記念物に指定されたのか

柿田川は平成23年(2011年)9月21日、文部科学省告示第142号により「地質鉱物」の枠組みで国の天然記念物に指定されました。河川そのものが天然記念物に指定された例は、沖縄県本部町を流れる塩川に次いでわずか2例目という極めて希有なものです。指定の理由は、三島溶岩流の隙間から湧き出る豊富かつ安定した湧水によって涵養されている点、その水質が極めて良好でそのまま飲用できる点、そして二度の火山活動の痕跡を地形と河床にとどめている点など、ほかに類を見ない自然条件が一カ所に揃っていることにあります。

もっとも、柿田川がこの姿を保ち続けてきた背景には、長く粘り強い保全の歴史があります。戦後の高度経済成長期には、豊富な清水を求めて工場が進出し、排水によって水質が悪化、魚も住めない状態に陥った時期もありました。1970年代半ばから地元住民による保護活動が始まり、やがて「柿田川みどりのトラスト」として全国に広がるナショナルトラスト運動へと発展。河岸の土地を買い上げ、工場の移転を働きかけ、地道な清掃活動を重ねた結果、川は再びカワセミが舞う環境を取り戻しました。2011年の天然記念物指定は、こうした市民の長年の努力に対する一つの結実といえるでしょう。

見どころと体験

第一展望台と第二展望台

柿田川公園内には、湧水を間近に観察できる2つの展望台があります。第一展望台からは、最上流部で河床のあちこちから湧水が立ちのぼる様子を見渡すことができ、まさに川が生まれる瞬間そのものを目撃できます。一方、第二展望台はより劇的な光景を提供してくれます。深さ5メートル以上の井戸状の青い湧き間――これは元々、繊維工場が取水のために掘った施設の跡ですが、今ではコバルトブルーに澄みわたる神秘的な水たまりとなり、多くの来訪者を魅了しています。

湧水広場と八つ橋

湧水広場では、実際に湧き水に手や足を浸して、その澄んだ冷たさを肌で感じることができます。柿田川の水温は年間を通じて約15℃前後でほぼ一定。夏は涼やかに、冬はかえって暖かく感じられるのが特徴です。また、公園のやや下流側にある木製の「八つ橋」は、見落とされがちな名所のひとつ。橋上からは柿田川中流部のゆったりとした流れと、川面を覆う緑の景観を楽しむことができ、第一・第二展望台とはまた異なる柿田川の表情に出会えます。

豊かな生態系

水温が一年を通じて安定しているため、柿田川には他の河川では見られない動植物が数多く生息しています。清流の象徴ともいえるミシマバイカモ(三島梅花藻)、絶滅が心配されるナガエミクリといった貴重な水生植物のほか、初夏にはゲンジボタルが飛び交い、川面ではカワセミやアオハダトンボの姿を見ることができます。アユ、アマゴ、ウツセミカジカなどの魚類も豊富で、冬でも水温が下がらないため、通常は1年で生涯を終えるアユが越冬する例も確認されています。

湧水を味わう

公園内には自由に湧水を汲める水汲み場が設けられており、空のペットボトルや水筒を持参すれば、誰でも無料で水を持ち帰ることができます。地元の方々もタンクを持って汲みに訪れる、暮らしに根ざした名水です。そのまま飲むことができ、近隣にはこの水を使った豆腐料理、湯葉料理、そばなどを提供する飲食店も並びます。

周辺情報

柿田川は三島市と沼津市の中間に位置し、伊豆半島・箱根・富士山方面の観光と組み合わせやすい立地にあります。晴れた日には公園周辺から富士山を望むこともでき、半日から一日かけて静岡東部の自然と歴史を巡る拠点としても便利です。

  • 三嶋大社――伊豆国一宮として知られる古社。柿田川から車で約10分
  • 楽寿園――三島市中心部の湧水を活かした明治期の庭園
  • 柿田川公園内の貴船神社――京都・貴船神社の分社で、水と縁結びの神様
  • 沼津港――新鮮な魚介類で知られる港町。車で約15分
  • 泉頭城跡――公園内に遺構を残す、北条氏ゆかりの戦国期の城跡
  • 柿田川公園周辺の豆腐料理店・湧水カフェなど、湧水を使った清水町ならではの食処

Q&A

Q湧水はそのまま飲んでも本当に大丈夫ですか?
Aはい、柿田川の湧水は天然のろ過装置とも言える溶岩層の中を長い年月をかけて通り抜けてきた水で、水質も良好です。1985年には環境庁の「名水百選」にも選定されており、公園内には無料の水汲み場も整備されています。地元の方々も日常的に汲みに来ています。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
A柿田川は四季を通じて魅力があります。新緑の春、ホタルが舞う初夏の夕暮れ、紅葉と清流のコントラストが美しい秋、葉が落ちて湧水のコバルトブルーが際立つ冬――水温が年間を通じて安定しているため、どの季節でも変わらぬ清流の姿を楽しめます。
Q滞在時間の目安はどれくらいですか?
A第一・第二展望台、湧水広場、八つ橋を一周する場合、ゆっくり歩いて約60〜90分が目安です。周辺の飲食店で湧水を使った食事も楽しむのであれば、2時間以上を確保するとより充実した時間が過ごせます。
Qバリアフリー対応はされていますか?
A遊歩道の主要部分は整備されていますが、第一・第二展望台にはやや急な階段があるため、足腰に不安のある方や車椅子の方には注意が必要です。湧水広場周辺や八つ橋付近は比較的なだらかで、川辺の景観を楽しんでいただけます。
Qなぜ全長1.2kmしかないのに「一級河川」なのですか?
A「一級河川」とは河川の長さではなく、国が国土保全や国民経済上重要と判断した水系に指定される区分です。柿田川は単独では短いものの、狩野川水系の支流として安定的に大量の清水を供給するため、一級河川に指定されています。

基本情報

名称 柿田川(かきたがわ)
指定区分 国指定天然記念物(地質鉱物)
指定年月日 平成23年(2011年)9月21日(平成26年に追加指定)
所在地 〒411-0907 静岡県駿東郡清水町伏見71-7 ほか
全長 約1.2km(日本で最も短い一級河川)
湧水量 1日あたり約100万トン
水温 年間を通じて約15℃前後
柿田川公園 営業時間 24時間開放(閉園時間なし)
入園料 無料
駐車場料金 普通車:1回200円/バス等:1回1,000円
アクセス JR三島駅南口またはJR沼津駅から沼津登山東海バスで「柿田川湧水公園前」下車徒歩約1分/東名高速道路 沼津ICより車で約15分
管理団体 静岡県清水町
その他の認定 名水百選(1985年)/日本三大清流/伊豆半島ユネスコ世界ジオパーク(2018年)/21世紀に残したい日本の自然百選(1983年)

参考文献

柿田川 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/240403
柿田川公園 - 静岡県清水町公式ホームページ
https://www.town.shimizu.shizuoka.jp/toshi/toshi00054.html
柿田川 | 南から来た火山の贈りもの - 伊豆半島ジオパーク公式サイト
https://izugeopark.org/geosites/kakitagawa/
柿田川公園 - 清水町観光案内所「わくら柿田川」
http://www.kakitagawa-kanko.jp/sightseeing/kakitagawa/
柿田川へのアクセス - 清水町商工会
https://www.kakitagawa.or.jp/blank-6
国指定天然記念物「柿田川」(清水町パンフレット)
https://www.town.shimizu.shizuoka.jp/content/300126661.pdf
柿田川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/柿田川

最終更新日: 2026.04.27