寺が消えたあとに建った門

旧六所家門及び塀は、静岡県富士市今泉八丁目にある明治中期(1883年から1897年)建築の門と塀で、平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。門は木造・瓦葺で間口6.7メートル、塀は木造・瓦葺で総延長43メートル。所有者は富士市である。

この寸法が最初の手がかりになる。間口およそ7メートルの門に、左右へ43メートルの瓦葺の塀が続く。これは施設の入口の規模であって、個人の住宅が構える門の寸法ではない。

理由は、この土地に何があったかにある。六所家は、富士山南麓の真言宗寺院・東泉院を代々営んできた家である。明治政府の神仏分離政策によって還俗するまで、ここは寺院の敷地だった。家は残り、寺は残らなかった。

東泉院と明治の断絶

東泉院は、富士山南麓の岳南地域で有力だった密教寺院の一つで、富士修験にも関わりを持ち、明治初期まで存続した。同家に伝わる資料群は、現在「富士山東泉院関係資料」として富士市の指定有形文化財(歴史資料)に指定されている。

明治元年(1868年)以降の神仏分離令は、千年にわたって日本の宗教生活を組み立ててきた神仏習合の制度を解体した。神社に付属した寺院は切り離され、社僧は還俗を求められ、全国で多くの寺院が廃された。東泉院も例外ではなく、住持は還俗し、家は六所を名乗って同じ土地に残った。富士市立の富士山かぐや姫ミュージアムは、明治19年(1886年)10月23日に没した六所良邑という人物の生涯を軸に、地方の一宗教者がこの変動をどう生き抜いたかをたどる展示を行っている。

門の年代は、この背景に照らすと意味を持つ。明治中期、1883年から1897年という年代は、東泉院の廃絶より後にあたる。つまり訪れる人が見上げているのは、寺の山門ではない。かつて寺だった一族が、その後に構えた私邸の門である。

門と塀の構造

門は敷地南面の中央、石段の上に構える。したがって参道は上りになる。形式は三間薬医門。薬医門は2本の本柱の後方に2本の控柱を立てる形式で、荷重を分散させることによって中央間を広く、柱のない開口として取ることができる。成立は鎌倉時代末期から室町時代初期とされ、門の格式としては棟門や唐門より下、平門や冠木門より上に位置づけられる。

屋根は切妻造の桟瓦葺。正面は出桁とし、軒を前に押し出して深い影をつくる。中央間には板戸を両開きに構え、西の間には潜戸を設ける。この潜戸があるということは、中央の板戸が日常的に開かれるものではなかったということでもある。

壁は漆喰塗で、腰高までは簓子下見板を張る。左右にのびる塀は石垣の上に建ち、竪板張とする。下から石、その上に木、頂部に瓦。三つの材が役割を分担し、通りから見ると一続きの長い縁として読める。

訪問について

門も塀も通りに面した外部構造物である。この点が、この文化財を訪ねる価値を決めている。事前の手続きなしに道路から見ることができ、石段の上という高い位置にあるため、離れた場所からでも形式がはっきり分かる。富士市は開館時間・見学料・敷地内への立ち入りについて公表していないので、外観の見学として計画してほしい。

同じ旧東泉院境内には、別に登録有形文化財となっている旧東泉院宝蔵がある。桁行7.3メートル、梁間4.5メートルの土蔵造二階建で、南面の腰を海鼠壁とする。文化庁はこれを、富士修験に関わる東泉院唯一の遺構と記している。門と宝蔵を一度に歩けば、構図が立ち上がってくる。宝蔵は寺のもの、門は寺のあとに残った家のものである。

建物ではなく歴史そのものに関心があるなら、富士市伝法の広見公園内にある富士山かぐや姫ミュージアム(富士市立博物館)へ足を運びたい。観覧料は無料で、常設展示のなかで東泉院を扱っており、六所家と明治維新をテーマとする企画展も開かれてきた。今泉とは市内の別の地区にあるため、別の目的地として計画するとよい。

富士市へは東海道新幹線の新富士駅、または市街に近いJR東海道本線の富士駅が起点となる。

Q&A

Q旧六所家門及び塀は見学できますか。
A門と塀は通りに面しているため、道路から自由に外観を見ることができます。所有者である富士市は、開館時間・見学料・敷地内立ち入りについて公表していません。外観の見学として計画してください。
Q旧六所家門及び塀の「六所家」とはどのような家ですか。
A現在の富士市今泉八丁目にあった真言宗寺院・東泉院を代々営んできた家です。明治政府の神仏分離政策によって還俗し、その後も同じ土地で六所を名乗って続きました。同家に伝わる東泉院関係の資料群は、富士市の指定有形文化財(歴史資料)となっています。
Q旧六所家門及び塀の薬医門とはどのような形式ですか。
A2本の本柱の後方に2本の控柱を設ける門の形式です。荷重を分散できるため、中央の開口を広く取れます。鎌倉時代末期から室町時代初期に成立し、格式は棟門・唐門より下、平門・冠木門より上とされます。旧六所家の門は三間薬医門で、間口6.7メートル、中央間が板戸両開き、西間に潜戸を備えます。
Q旧六所家門及び塀はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁データベースは年代を明治中期、西暦1883年から1897年としています。これは東泉院の廃絶より後の時期にあたります。登録有形文化財への登録は平成29年(2017年)10月27日、登録番号22-243、第88回登録です。
Q旧六所家門及び塀の近くには何がありますか。
A同じ旧東泉院境内に、別途登録有形文化財となっている旧東泉院宝蔵があります。土蔵造二階建で、文化庁は富士修験に関わる東泉院唯一の遺構と記しています。歴史的背景を知りたい場合は、富士市伝法の広見公園内にある富士山かぐや姫ミュージアム(観覧料無料)で東泉院関係の展示を見ることができます。

基本情報

名称旧六所家門及び塀(きゅうろくしょけもんおよびへい)
所在地静岡県富士市今泉八丁目1428-1他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 22-243
指定年平成29年(2017年)10月27日登録・告示
員数1棟
寸法門:木造、瓦葺、間口6.7メートル/塀:木造、瓦葺、総延長43メートル(明治中期建築)
所有者富士市
公開状況道路から外観の見学可。開館時間・見学料・敷地内立ち入りの公表なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧六所家門及び塀」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011961
文化遺産オンライン「旧六所家門及び塀」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/366814
文化遺産オンライン「静岡県・富士市」(旧東泉院宝蔵ほか)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/region/22/22210
富士山かぐや姫ミュージアム「東泉院の明治維新 ―六所良邑とその時代―」
https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/event/detail/234
富士市「文化財の紹介」
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/kanko/rekishi/bunkazai/index.html

最終更新日: 2026.08.13