伊豆の温泉街に根を張る、巨大なソテツ

河津町峰、静岡県道14号に沿った一画に新町の大ソテツは生育している。生垣に囲まれているため、初めて訪れた人は気づかずに通り過ぎてしまうこともある。背の高い濃緑の葉が垣根の上にのぞいて、ようやくその存在に気づく。

ソテツは「蘇鉄」と書く。鉄分を与えると弱った株が元気を取り戻すという言い伝えから、この字があてられた。スギやマツと同じ裸子植物で、種子植物でありながら花を持たず、恐竜の時代より前から地球上に栄えてきた古い植物群に属する。「生きた化石」と呼ばれる所以である。

本来ソテツは、九州南部から南西諸島にかけて自生する常緑樹で、低く茂る性質を持つ。ところがこの株は例外的に大きく育った。中央の主幹は高さ約10メートルに達し、ソテツとしてはまず見られない樹高である。根元の根周りは直径約2.5メートル。そこから太い支幹が四方へ伸び、地を這うようにうねる姿は、大蛇がからみ合うようだとも評されてきた。

全国でも数少ない、天然記念物のソテツ

新町の大ソテツが国の天然記念物に指定されたのは、昭和11年(1936年)9月3日のことである。指定基準は名木・巨樹・老樹などを対象とするもので、ソテツがこの指定を受ける例は多くない。国の天然記念物となったソテツ関連の物件は全国でわずか12件。うち2件は宮崎県と鹿児島県にある自生地で、分布の北限を示すものとして特別天然記念物に指定されている。残る10件が植栽された個体で、そのうち3件が静岡県内にある。新町の大ソテツは、その中でもとりわけ目を引く一本である。

指定にあたって行われた調査では、株の各部が細かく計測された。中央主幹の地上発出部の周囲は2.2メートル、東の支幹は2.0メートル、南は1.0メートル、北は0.9メートル、西は0.6メートル。株全体の周囲は7.76メートルに及んだ。横へ広がる樹形のため、本来の大きさは目測では掴みにくい。数字を頭に入れておくと、見方が変わってくる。

この株は雌株である。ソテツは雌雄異株で、新町の大ソテツは隔年で種子を結ぶ。実がなると、橙色の種子が中央主幹の頂部に環をなして並ぶ。

徳川の歴史につながる木

名称の「新町」は地名ではない。代々この峰の地で名主を務めた正木家の屋号であり、天然記念物の名は、所有してきた家の屋号にちなんでいる。

その正木家は、思いがけず日本の歴史に名を残している。正木家の先祖、正木頼忠の娘が、徳川家康の側室として知られるお万の方(養珠院)であった。正木家ではこの家をお万の生家と伝えており、お万が生まれた頃、このソテツはすでに立派な巨樹であったという。ソテツのそばには、お万の方ゆかりの井戸が今も残る。

樹齢には諸説ある。地元の河津町観光協会は600年以上とし、資料によっては800年、あるいは1000年を超えるとも言われる。ソテツは成長が遅く、正確な年代の特定が難しいため、これらはあくまで推定の幅として受け止めるのがよい。

この木の歩みは平坦ではなかった。大正期に火災に遭い、株の東側が焼けた。その後よく回復し、約20年を経て国の天然記念物に指定されている。昭和56年(1981年)6月には、昭和天皇・香淳皇后が訪れて観覧した。近年は樹勢がやや衰え、長く伸びた支幹には、自重で折れるのを防ぐための添え木が施されている。添え木もまた見どころのひとつで、町がこの木を手入れし続けている様子がうかがえる。

垣根の前に立ったら、直立する中央の主幹と、低く這う支幹との対比に注目したい。直立部は健全なソテツの姿そのものだが、長く横たわる支幹は何百年もの時間がつくり出したもので、この木をほかにない姿にしている。

大ソテツの周辺

大ソテツがあるのは河津町の峰地区で、町を代表する二つの名所のちょうど中間にあたる。半日の散策に組み込みやすい立地である。

南へ数分歩けば河津川。その堤沿いに、町の名を全国に知らしめた桜並木が続く。河津桜は早咲きの品種で、2月初旬から3月にかけて開花し、各地のソメイヨシノより数週間早く春を告げる。開花期には桜まつりが開かれ、堤通りは多くの人で賑わう。この品種が最初に見出されたのが河津町であり、町は河津桜を象徴として大切にしている。

北へ進むと峰温泉大噴湯公園がある。一日に数回、決まった時刻に熱湯を噴き上げる間欠泉を中心に整備された公園である。峰温泉は河津七湯のひとつで、日帰り入浴施設「踊り子温泉会館」が大ソテツのほぼ向かいに建つ。見学と湯あみを一度に楽しめる。

河津町には、もう一本、国の天然記念物の巨木がある。杉桙別命神社の大クスである。性格のまったく異なる常緑の大木で、両方を一度の旅でめぐれば、小さな町が守り継いできた古木の幅広さが実感できる。

Q&A

Qいつ訪れるのがよいですか。
A大ソテツは一年を通して見学でき、見学は無料です。多くの方は河津桜が咲く2月から3月初旬に合わせて訪れますが、その時期は町が最も混み合う時期でもあります。
Qアクセス方法を教えてください。
A伊豆急行線の河津駅から、修善寺方面行きの東海バスに乗り、「踊り子温泉会館」で下車します。所要時間は約5分で、バス停のすぐそばに大ソテツがあります。車の場合は国道414号から短時間で到着します。
Q入場料はかかりますか。
A現在、見学は無料です。かつては入場料が必要だった時期もありました。
Q木に触れたり、周りを歩いたりできますか。
A大ソテツは囲いの中にあり、生垣の外から見学します。支幹を支える添え木は、老樹を保護するためのものです。定められた場所から眺めてください。
Qソテツとヤシはどう違うのですか。
A葉の形が似ているため混同されがちですが、両者は近縁ではありません。ヤシは花を咲かせる被子植物です。一方ソテツは、はるかに古い裸子植物で、花ではなく雌雄の球花で繁殖します。受精の際に精子が泳ぐという、種子植物では珍しい性質も持っています。

基本情報

名称新町の大ソテツ(しんまちのおおソテツ)
所在地静岡県賀茂郡河津町峰
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和11年(1936年)9月3日
ソテツ(蘇鉄)
規模中央主幹 高さ約10メートル/根周り 直径約2.5メートル/株の全周 7.76メートル(昭和11年調査時)
推定樹齢600年以上(諸説あり。800年〜1000年とする資料もある)
所有・管理正木家ゆかりの敷地。一帯は河津町が整備
アクセス伊豆急行線 河津駅から東海バス約5分、「踊り子温泉会館」下車すぐ
見学無料

参考文献

新町の大ソテツ 国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1343
新町の大ソテツ 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/172175
新町の大ソテツ 伊豆・河津町観光協会
https://www.kawazu-onsen.com/sightseeing/21
新町の大ソテツ Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/新町の大ソテツ

最終更新日: 2026.05.25